第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述36

脳損傷理学療法4

Fri. Jun 5, 2015 5:30 PM - 6:30 PM 第9会場 (ガラス棟 G409)

座長:松﨑哲治(専門学校 麻生リハビリテーション大学校 理学療法学科)

[O-0273] 二関節筋に着目した健常歩行と片麻痺歩行の筋電図学的分析

増田知子1, 吉尾雅春1, 藤本康浩2, 宮谷定行2 (1.千里リハビリテーション病院, 2.川村義肢株式会社)

Keywords:歩行, 筋電図, 片麻痺

【はじめに】De Quervainらは,片麻痺者の異常歩行を3つのパターンに分類している。各パターンの主徴である膝伸展スラスト(Extension thrust pattern),歩行周期全体に渡る膝屈曲の維持(Stiff knee pattern),立脚期の過剰な膝屈曲(Buckling knee pattern)は臨床上よく遭遇する問題である。しかし,片麻痺歩行の膝に関与する筋の筋電図学的研究は下腿に比して大腿の筋に関する報告が少なく,その影響は明らかではない。本研究の目的は,健常歩行と片麻痺歩行における大腿の二関節筋の活動の定量的,定性的特性を明確にすることである。
【方法】健常成人22名{男性11名・女性11名,平均年齢33.3(21~61)歳;以下健常群},脳卒中片麻痺者6名{男性2名・女性4名,平均年齢57.3(47~73)歳;以下片麻痺群}を対象とした。身長,体重は健常群が165.5±6.8 cm,57.7±9.4kg,片麻痺群が158.2±8.4 cm,55.5±13.2kgであった。片麻痺群は全例,短下肢装具装着下で歩行可能だが前述のパターンを呈していた。内訳はExtension thrust pattern 3名,Stiff knee pattern 1名,Buckling knee pattern 2名であった。10mの歩行路を健常群は同種の靴,片麻痺群は短下肢装具装着下で快適な速度で歩行した。Gait Judge System(パシフィックサプライ社製)を用い,1度の試歩行後,2度目の歩行で表面筋電図の測定を行った。測定筋は大腿直筋,半腱様筋とし,健常群は右側,片麻痺群は麻痺側に電極を貼付した。歩行が定常化した後の連続5歩行周期の筋電図波形をサンプリング周波数1000Hzで採取し,1000msec区間ごとに二乗平均平方根により平滑化した。これに筋電図と同期して撮影したデジタルビデオを照合し,筋活動のタイミングを判断した。また,健常歩行で歩行周期の50%にあたるプレスイング(以下PSw)開始を基準とし,歩行周期の0~50%{イニシャルコンタクト(以下IC)~ターミナルスタンス(以下TSt)}と50~100%{PSw~ターミナルスイング(以下TSw)}での各測定筋の筋電図積分値を算出した。得られたデータはカイ2乗適合度検定とt検定により有意水準5%で統計学的に分析した。
【結果】健常群の筋電図波形は全て規則的な相を有した。ピークを認めるタイミングは大腿直筋でPSw18名,TSw21名,半腱様筋でミッドスイング17名,TSw19名であり,有意に多かった。片麻痺群は相の境界が不明瞭で,2名はピークの判別が困難,他4名はピークが出現するものの不規則であった。パターンによる傾向は認めなかった。筋電図積分値は,健常群の半腱様筋のみIC~TStよりPSw~TSwが有意に大きかった。積分値を50%歩行周期で除した平均値は,大腿直筋IC~TSt(健常群:片麻痺群)=(8.1±4.6:8.2±4.5)μV,PSw~TSw(7.7±2.2:7.1±3.7)μV,半腱様筋IC~TSt(11.7±8.7:11.4±5.5)μV,PSw~TSw(18.5±13.4:10.2±7.3)μVであった。
【考察】健常歩行では大腿直筋がPSw,TSwで活動していた。それぞれにおいて,股伸展位から屈曲させてスイング動作の誘因となる,立脚へ移行する準備として膝伸展し踵からの接地を保障するよう作用していると推測した。一方でIC~TStとPSw~TSwの筋電図積分値には差を認めず,2つのピークにおける筋活動量の変位は大きくない。大腿直筋の作用を生かすには,筋活動の量よりタイミングが要因となることが示唆された。半腱様筋は,ピーク出現のタイミング,筋電図積分値双方から主に遊脚中~後期でトゥクリアランスの確保に関与すると考える。片麻痺群の歩行パターンと大腿直筋,半腱様筋の活動との関連性は見出されなかった。しかし,片麻痺者の歩行は筋電図波形が不定形であること自体が特徴と捉えることもできる。本研究の対象のように運動機能が比較的高い片麻痺者は,筋活動量には健常者と大きな差異がなく,筋電図波形が相を形成する,すなわち適切なタイミングで筋が収縮または弛緩することが歩容改善に繋がると考える。特に,スイング開始に困難さがあり骨盤挙上や分回しなどの代償動作を認める場合や,遊脚期から膝屈曲を維持し踵から接地できない場合,PSw,TSwにおける大腿直筋の作用に着目した介入の効果が期待できる可能性がある。ただし,これらは理学療法士が徒手的に介入しにくい部分であるため,運動学習のためにデバイスの活用も試みる価値がある。
【理学療法学研究としての意義】健常歩行と片麻痺歩行の筋活動を定性的,定量的に比較し,片麻痺歩行の問題点に対する介入の視点を得た。