第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述40

運動制御・運動学習3

2015年6月5日(金) 18:40 〜 19:40 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:谷浩明(国際医療福祉大学 小田原保健医療学部 理学療法学科)

[O-0306] 加齢および中枢神経疾患による静止立位動揺の変化

―周波数解析による特徴抽出と類型化―

藤尾公哉1, 中澤公孝1, 河島則天2 (1.東京大学大学院総合文化研究科, 2.国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

キーワード:姿勢制御, 立位姿勢の類型化, 周波数解析

【はじめに,目的】
力学的に不安定なヒトの二足立位では,絶え間ない姿勢動揺を伴いながら脊髄および上位中枢によるバランス調節が実行されている。加齢や疾患に伴って構造的・機能的な身体機能の変化が生じると,これに呼応して立位姿勢の神経調節様式が変化するものと考えられるため,健常者の立位姿勢制御との相違を見極めた上で治療指針を明確化するようなアプローチが求められる。現在までのところ,加齢や疾患に伴う立位姿勢様式,重心動揺特性の変化を疾患横断的に検討したものは少ない。各種疾患の特性に応じて立位姿勢を最適化するための体系的な理学療法介入を実現するためには,まず各疾患における姿勢動揺の特徴を分類する必要があると考えられる。そこで本研究では,加齢および中枢神経疾患による静止立位の変化について,一般的な重心動揺変数に加えて周波数解析を行い,疾患横断的に重心動揺特性を検討することにより立位姿勢の特徴抽出と類型化を図ることを目的とした。
【方法】
対象は健常な若年成人群15名,明らかな疾患を有さない高齢者群14名,変形性膝関節症者(OA)群14名,腰部脊柱管狭窄症者(LCS)群14名,慢性期脳卒中者群14名,慢性期脊髄損傷者群12名であった。実験には3次元動作解析装置(MAC3D System,Motion Analysis社)および2台の床反力計(Kistler社)を用い,30秒間の静止立位を開眼・閉眼の2条件でそれぞれ測定した。全身29か所に赤外線反射マーカーを貼付し,各点の座標データおよび左右の床反力を集録し,同時に筋電位計(Trigno,Delsys社)を用いて両側のヒラメ筋,内・外側腓腹筋,前脛骨筋の筋活動電位を計測した。姿勢動揺の評価には,床反力計の垂直成分から算出した足圧中心(COP)の時系列データを用い,COP平均および最高移動速度,COP面積,COP総移動軌跡長を求めた。さらに,周波数解析によりCOP前後成分のパワースペクトル密度を算出し,高周波成分(1.1-5.0Hz)と低周波成分(0.1-1.0Hz)の総パワー比(HF/LF ratio)を姿勢動揺の指標の一つとした。これらのデータについて,相関分析およびクラスター分析を施し,群内および群間の静止立位の類似性について検証した。
【結果】
開眼条件と比較して,閉眼条件では脳卒中者群および脊髄損傷者群でCOP面積およびHF/LF ratioが増大した。相関分析では,すべての対象の中で脳卒中者群にのみ開眼および閉眼の両条件でCOP面積とHF/LF ratioの間に有意な正の相関を認めた。高齢者群,OA群,LCS群においても,開眼条件と比較して閉眼条件でHF/LF ratioの増大を認めたが,COP面積には条件間の差を認めず,かつ,両条件間に相関関係は認められなかった。若年成人群では,開眼・閉眼条件ともにCOP面積およびHF/LF ratioに有意差はなく,相関関係も認められなかった。脊髄損傷者群では,他群と比較してばらつきが大きく,閉眼時には両指標の相関関係は認められなかった。
【考察】
本研究で実施した重心動揺の特徴抽出の結果は,健常成人群,高齢者群(OA群,LCS群を含む),中枢神経疾患群が,それぞれ異なる姿勢動揺に分類されることを示した。ヒトの立位姿勢は,体性感覚情報や前庭機能による平衡感覚に基づくフィードバック調節や視覚情報の活用によって安定性が維持されており,疾患による内的環境の変化,姿勢をとりまく外的環境の変化に伴って重心動揺特性が変化することが知られている。閉眼時に若年成人群以外で認められた高周波帯域の割合増加は,視覚情報の遮蔽に伴う姿勢調節戦略の切り換えを示唆しており,通常(開眼)の立位姿勢では視覚情報に対する依存度が増加している可能性が示唆される。さらに,脳卒中者群では高齢者群と異なり,高周波帯域の増加に随伴して姿勢動揺が増大していることから,反射制御を中心とした立位姿勢の神経調節が困難が生じていることが予想される。これらの結果は,加齢や中枢神経疾患による視覚情報への依存度の増加を反映するとともに,立位姿勢調節の要素となる諸側面への加齢変化や疾患による影響に対応(代償)する形で,各群で異なる姿勢調節戦略を採っていることを示唆している。
【理学療法学研究としての意義】
従来,臨床的な立位姿勢評価は,関節角度や左右対称性に着目したアライメント評価が主流であった。本研究は,類型化の視点から二足立位に内在する姿勢動揺に着目することの重要性を示唆するとともに,理学療法分野における定量的な姿勢動揺検査の活用手段を提案するものである。