第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述40

運動制御・運動学習3

Fri. Jun 5, 2015 6:40 PM - 7:40 PM 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:谷浩明(国際医療福祉大学 小田原保健医療学部 理学療法学科)

[O-0308] 腱振動刺激による運動主体感の錯覚が痛み閾値に与える影響

今井亮太1,2, 大住倫弘1,3, 森岡周1,3 (1.畿央大学大学院健康科学研究科神経リハビリテーション学研究室, 2.河内総合病院病院リハビリテーション部, 3.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター)

Keywords:腱振動刺激, 運動錯覚, 痛み

【はじめに,目的】近年,痛みに対するニューロリハビリテーションとして,運動錯覚を用いた研究が報告されている。中でも,腱振動刺激による運動錯覚においては慢性疼痛や急性疼痛の改善が報告されている(Gay2008,今井2015)。しかしながら,痛みの改善に関するメカニズムは十分に明らかにされていない。腱振動刺激による運動錯覚とは,筋紡錘の発射活動を引き起こし,その求心性入力から刺激された筋が伸張されていると知覚し,あたかも自己運動が生じたような錯覚を惹起させることである(Goodwin 1972)。運動錯覚時の脳活動や錯覚角度,錯覚強度などは調べられているが(Naito 1999),錯覚時に「自分自身で身体を動かすように感じた」といった「運動主体感」の評価はされていない。一方で,先行研究では,痛みによって自分の身体を動かすことが困難な患者において,自己運動が生じたような錯覚が痛みの改善に影響していると考えられている(Gay2008,今井2015)。そのため,腱振動刺激による運動錯覚時の運動主体感の程度が痛みに関与している可能性がある。つまり,腱振動刺激によって運動主体感が惹起される者は痛みの軽減が大きいが,惹起されない者は効果が小さいと考えられる。そこで,本研究では,腱振動刺激による運動錯覚時の運動主体感の程度が痛みに与える影響を検討することとした。
【方法】対象は健常大学生43名。利き手はEdinburgh inventoryにより全員右利きであった。機器には振動刺激装置(旭製作所SL-0105 LP)を用い,周波数は80Hzとした。対象者に閉眼安静座位で,右手関節総指伸筋腱に振動刺激を与え,手関節屈曲の運動錯覚を惹起させた。課題は安静10秒-振動刺激30秒で実施した。課題前に痛み閾値,課題後に痛み閾値,運動錯覚角度,運動錯覚強度,身体所有感,運動主体感を紙面にて測定した。身体所有感は,「自分自身の手が動いているような感じがした」,運動主体感は「自分自身で手を動かしているように感じた」といった質問項目である。運動錯覚を経験した際の錯覚強度をVerbal Rating Scale(以下VRS)を用いて6段階評価し,錯覚角度は錯覚惹起後に同側の手関節で再現させ,その角度をオフラインにて画像解析ソフトimage jで測定した。また本研究では,運動錯覚の惹起した者のみを解析の対象とした。痛み閾値は痛覚計(ユニークメディカル社製,UDH-105)により与えられる熱刺激を用いて測定した。痛み閾値は3回測定した値の平均値を算出した。統計解析について,まず運動主体感が得られた者をhigh agency群,得られない者をlow agency群に振り分けた。2群間における課題前後の痛み閾値の変化量を2元配置分散分析用い,下位検定はTukey法を用いて多重比較検定を行った。また,痛み閾値の変化量と身体所有感との相関関係をSpearmanの順位相関係数を用いて算出した。有意水準は5%とした。
【結果】43名中30名が運動錯覚を惹起した。また14名がhigh agency群,16名がlow agency群となった。2群間における2元配置分散分析では,課題前後に主効果および交互作用を認めた(p<0.05)。多重比較検定の結果,課題前後に有意な痛み閾値の上昇が認められ,low agency群と比較しhigh agency群に有意な痛み閾値の上昇を認めた(p<0.05)。また相関分析の結果,high agency群にのみ,痛み閾値の変化量と身体所有感に有意な正の相関関係を認めた(r=0.61,p<0.01)
【考察】low agency群と比較しhigh agency群に有意な痛み閾値の上昇を認めた。このことから運動錯覚時の運動主体感の程度が痛みの軽減に関与していたことが明らかとなった。さらにhigh agency群においてのみ,痛み閾値の変化量と身体所有感に有意な正の相関関係を認めたことから,運動主体感と身体所有感の双方が痛みの改善に関係していると考えられる。本研究で用いた腱振動刺激による運動錯覚による痛みの軽減は,身体所有感を基盤として成り立っていることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】健常成人において,腱振動刺激による運動錯覚によって痛み閾値が向上したが,これには身体所有感や運動主体感が大きく関与していることが本研究で示された。つまり,自分自身の手に運動主体感が得られていない者にとってのリハビリテーションとして有用な方法である可能性がある。しかし,腱振動刺激による運動錯覚は,身体所有感と運動主体感が双方に高く惹起されない者もいる。そのため,臨床応用として運動錯覚による介入を行うときは,身体所有感や運動主体感の評価を行うことが重要であることを今回の基礎研究で示した。