第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述41

脳損傷理学療法5

Fri. Jun 5, 2015 6:40 PM - 7:40 PM 第9会場 (ガラス棟 G409)

座長:諸橋勇(いわてリハビリテーションセンター 機能回復療法部)

[O-0311] 脳卒中患者の運動機能回復に伴う非損傷側皮質脊髄路の興奮性変化

松浦晃宏 (大山リハビリテーション病院リハビリテーション部)

Keywords:運動誘発電位, 上肢機能回復, 脳卒中

【はじめに,目的】
脳卒中患者の機能回復過程において,非麻痺側で認める高い筋緊張や,麻痺側手を随意運動することで非麻痺側に生じる鏡像運動は,非損傷側一次運動野(M1)の活動増大に関連した身体表出として捉えることが出来る。脳機能イメージングによる報告でも,脳卒中初期に非損傷側M1の活動が増加することを示している。このことは機能回復過程として必要なメカニズムであるとしても,この非損傷側の活動が遷延する状態は,運動機能回復を遅延させるものと考えられ,非損傷側M1の活動と運動機能回復の関係を明らかにする必要がある。
脳卒中後の両側皮質脊髄路の興奮性を経時的に検証した研究では,脳卒中の機能回復に伴って損傷側の運動誘発電位(MEP)振幅が段階的に増加するのに対して,非損傷側には有意な変化を示さなかったとしている。この研究は安静状態における非損傷側M1の活動状態であり,麻痺側肢運動に影響する非損傷側M1の活動状態を表すものではない。従って,麻痺側運動時における非麻痺側から誘発されるMEP変化を確認することが必要であると考える。
本研究の目的は,脳卒中患者において麻痺側手の運動時に生じる非損傷側の皮質脊髄路興奮性をMEPにより確認し,上肢運動機能の改善に伴って,そのMEPに変化が生じるかを調べることとした。
【方法】
対象は,回復期のリハビリテーションを受けるために入院した脳卒中患者7名(平均年齢72.3±13.8歳:男性3名,女性4名)とした。包含基準は,皮質脊髄路またはその周辺に病変を有する片麻痺患者で,手指の屈曲と上肢の挙上がわずかでも可能な状態にある者とした。
対象者が麻痺側手で摘み上げることの出来る最少のブロックを用いて,ブロックを持ち上げたタイミングで,M1への経頭蓋磁気刺激(TMS)により非麻痺側橈側手根屈筋(FCR)から誘発されるMEPを測定した。ブロックは1辺が1cm,2cm,3cmの木製の立方体を準備した。MEPは,非麻痺側FCRに対応するM1に,TMSによって運動閾値の110%の刺激強度で誘発された20波形の加算平均から振幅を求め,ブロックを持ち上げない安静時のMEP振幅で除した。
上肢運動機能として,握力,Fugl-Meyer Assessmentの上肢スコア(FMA-UE),Purdue Pegboard Test(PPT),上肢と手指のBrunnstrom Stage(BRS-UE,BRS-hand)を評価した。これらの検査は,回復期病院入院時またはMEP検査が可能な状態となってから行い,その後約2ヶ月後に再評価した。
解析は,2時点(約2ヶ月,約4ヶ月)の各検査について,対応のあるt検定またはWilcoxonの符号順位検定を行い,さらにMEPと各上肢運動機能検査,発症期間との相関をPearsonの積率相関またはSpearmanの順位相関により求めた。有意水準は5%未満とした。
【結果】
MEPは発症から約2ヶ月で2.4±1.7であったのが,約4ヶ月で1.9±1.4と有意に低下した(p<0.05)。上肢運動機能検査は,麻痺側握力が8.8±7.5kgから12.2±7.9kg,FMAが52.1±12.0から58.9±6.0点へと有意な改善を示した(ともにp<0.05)。麻痺側PPTは増加の傾向にあるが有意差はなかった(p=0.206)。BRSは3名が改善を示した。
さらに,各期のMEPは,BRS(UE,hand)との関係において,有意な負の相関を示したが(2ヶ月のMEPとBRS-UE:r=-0.841,p<0.05,2ヶ月のMEPとBRS-hand:r=-0.831,p<0.05,4ヶ月のMEPとBRS-UE:r=-0.866,p<0.05,4ヶ月のMEPとBRS-hand:r=-0.866,p<0.05),その他の運動機能および発症期間との相関は示さなかった。
【考察】
PPTで有意差を示さなかったものの,初回検査後より約2ヶ月間で,すべての患者で麻痺側上肢の運動機能が改善された。同時に麻痺手運動に伴って非麻痺側から導出されるMEPは,有意に低下することが示された。このことは,脳卒中初期の両側M1の賦活から,回復に伴って非損傷側M1の活動減少を示した過去の報告と一致する。
また,麻痺手の運動に伴う非麻痺側MEPは,発症期間との間に相関を認めず,BRSとの有意な相関を示したことから,非損傷側M1あるいは皮質脊髄路活動の減少は,運動機能回復の程度によって生じ,その活動の遷延は運動機能回復の遅滞を意味する。従って,麻痺側運動時に生じる非損傷側皮質脊髄路の活動を抑制することが,脳卒中後の運動機能回復を促進させる可能性がある。
【理学療法学研究としての意義】
脳卒中患者の麻痺側手運動時における非損傷側M1の活動を知ることは,運動機能回復の過程とその程度を知ることができ,適切な理学療法介入の選択指標となる可能性がある。