第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述49

疼痛

2015年6月6日(土) 10:15 〜 11:15 第10会場 (ガラス棟 G602)

座長:室井宏育(総合南東北病院 リハビリテーション科)

[O-0372] 同種感覚情報の一致が下肢の複合性局所疼痛症候群の改善に有効であった1症例

村部義哉, 高木泰宏, 上田将吾, 加藤祐一 (認知神経リハビリテーション結ノ歩訪問看護ステーション)

キーワード:複合性局所疼痛症候群, 異種感覚情報, 同種感覚情報

【はじめに,目的】
複合性局所疼痛症候群(CRPS:Complex Regional Pain Syndrome)の発症メカニズムとして,視覚と体性感覚といった異種感覚情報の不一致(sumitani 2009)が報告されている。しかし,下肢は視覚的に制御される機会に乏しいため,主に足底での皮膚感覚や下肢の各関節での深部感覚などの複数の体性感覚といった同種感覚情報により制御されており,これらの不一致が下肢のCRPSを誘発している可能性がある。今回,下肢のCRPSを呈し,異種感覚情報の一致を意図した治療介入では改善が停滞した症例に対して,同種感覚情報の一致を意図した治療介入へと変更したところ,更なる症状の改善を認めたため報告する。
【方法】
対象は恥骨骨折受傷後,保存療法にて4ヶ月が経過した90代女性。下腿前面から足背部にかけて皮膚の発赤や光沢化を認め,同部位にはアロディニア様症状による接触時痛を認めた。浮腫による足関節の可動域制限を認め,下腿周径は28cmであった。これらの評価結果と本邦のCRPS判定指標から,本症例の症状をCRPSと判断した。痛みの程度はマクギル疼痛質問票(MPQ:McGill Pain Questionnaire)にて44点であった。感覚検査では足底の触圧覚は中等度鈍麻,足関節や足趾の位置・運動覚は重度鈍麻であり,自己身体描写では足部や足趾が不鮮明であった。屋内外の移動はピックアップ型歩行器を用いて近位見守りレベルで可能であったが,実用性は低く,Timed up and go test(TUG)は139秒であり,Functional Independence Measure(FIM)は104点であった。長谷川式簡易知能評価スケールの点数は27点であり,コミュニケーションや指示理解に問題は認めなかった。痛みに対する医療的処置や服薬内容の変更および皮膚疾患や循環器疾患などの合併症の診断は認めなかった。
訓練1:患者の足関節を底背屈位,内外反位のいずれかに動かし,患者が感じている足関節の角度と一致する写真を選択させることで,視覚情報から足関節の傾きを識別させた。写真は矢状面にて底屈20°,40°,背屈10°,20°,前額面にて内反15°,30°,外反10°,20°に足関節を傾けたものを使用した。
訓練2:患者の足関節を動かし,足底の触圧覚が生じる部位と足関節の位置・運動覚を一定の規則性のもとに一致させることで,足底の触・圧覚から足関節の傾きを識別させた。規則性は①「小指-底屈内反」②「前足部-底屈」③「母指-底屈外反」④「踵外側-背屈内反」⑤「踵部-背屈」⑥「踵内側-背屈外反」とした。
各訓練ともに介入頻度は2回/週,20分/回であった。訓練は患者から自身の下肢が見えない環境にて端座位で行った。毎治療開始時にオリエンテーションを実施し,各訓練はランダムに20回行った。訓練1の正答率は介入4週目で25%から100%であり,その後更に4週間同様の訓練を継続したが,症状の改善には至らなかった。その後,治療介入を訓練2へと変更した。訓練2の正答率は介入8週目で25%から95%であった。
【結果】
下腿前面から足背部にかけての皮膚の発赤や光沢化は消失し,アロディニア様症状の軽減を認めた。浮腫の軽減により下腿周径は24cmへと変化し,関節可動域の向上を認めた。よって,本邦のCRPS判定指標から,本症例のCRPSは改善したものと判断した。痛みの程度はMPQにて2点へと変化した。感覚検査では足底の触圧覚や足関節や足趾の位置・運動覚は正常となり,自己身体描写では足部や足趾が鮮明となった。屋内外の移動はピックアップ型歩行器にて自立レベルとなり,TUGは39秒へと変化し,FIMは117点となった。
【考察】
今回,視覚と体性感覚といった異種感覚情報の一致を意図した治療介入では十分な改善が得られなかった下肢のCRPSを呈した症例に対して,複数の体性感覚といった同種感覚情報の一致を意図した治療介入に変更したところ,症状の改善を認めた。神経生理学的に,感覚情報処理には階層性があり,異種感覚情報を統合する前段階に同種感覚情報を統合する過程が存在し,同領域(5野:上頭頂小葉)には下肢に関する神経が豊富に存在するとされている(Rizzolatti 1998)。以上より,下肢のCRPSの背景には複数の体性感覚といった同種感覚情報の不一致が存在しており,足底の皮膚感覚と下肢の各関節の深部感覚の一致を意図した治療介入が下肢のCRPSの改善に有効となる可能性がある。
【理学療法学研究としての意義】
下肢のCRPSに対する治療方法の1モデルの提案。