第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

セレクション 口述8

運動制御・運動学習

2015年6月6日(土) 12:30 〜 13:30 第5会場 (ホールB5)

座長:坂本年将(神戸学院大学 総合リハビリテーション学部理学療法学専攻)

[O-0427] 運動を観察させる対象の相違が脊髄神経機能の興奮性に及ぼす影響

高崎浩壽1, 末廣健児2, 鈴木俊明3 (1.医療法人社団石鎚会田辺中央病院リハビリテーション部, 2.医療法人社団石鎚会田辺中央病院法人本部, 3.関西医療大学大学院保健医療学研究科)

キーワード:F波, 運動観察, 脊髄神経機能

【はじめに,目的】
運動観察による視覚刺激が脊髄神経機能に及ぼす影響について,先行研究として我々は第54回近畿理学療法学術大会において,右母指の動いている映像を画面で1分間観察させた場合(映像観察時)と,同じ画面に映像を映さないで1分間観察させた場合(映像非観察時)について,それぞれ安静時,観察直後,5分後,10分後,15分後と経時的変化を追って測定をおこなった。その結果,映像観察時において,F波出現頻度・振幅F/M比は安静時と比較して観察直後で有意な増加を認めた。また,映像観察時と映像非観察時を測定時点ごとに安静時を1とした相対値で比較したところ,F波出現頻度については観察直後において,振幅F/M比については各時点において,映像観察時に有意に高い値を示したと報告した。
そこで本研究では,先行研究の結果を踏まえ,観察させる対象の相違によって脊髄神経機能の興奮性にどのような変化が現れるかについて確認し,視覚による効果をより明確にすることを目的として,誘発筋電図のF波を用いて検討をおこなった。
【方法】
対象は,整形外科学的・神経学的に問題のない健常成人12名(男性8名,女性4名,年齢26.0±5.4歳)とした。測定は被験者を安楽な椅子座位で,右肩関節屈曲45°・右肘関節屈曲45°で右前腕回外位にて台上に乗せた肢位とし,右正中神経刺激時に右母指球筋よりF波を導出した。この時,刺激強度はM波が最大となる刺激強度の120%,刺激頻度は0.5Hz,刺激持続時間は0.2ms,刺激回数を30回とした。
測定方法は,まず閉眼にて安静時のF波を測定し,続いて5分間の安静の後,1分間被験者の前方に設置したパソコン画面を観察させながらF波を測定した。F波測定時に画面に表示する映像は,右母指が静止している映像(条件A),右母指が動いている映像(条件B),右足関節が動いている映像(条件C)の3条件とし,それぞれの試行時には「画面の映像を集中して見て下さい」と口頭指示をおこなった。なお,3つの条件による試行はそれぞれ別日に,ランダムな順序で実施した。測定項目はF波出現頻度・振幅F/M比・立ち上がり潜時とした。
統計処理は,まず被験者の各測定項目について条件A・B・Cによる試行のそれぞれの安静時を1とした相対値を求めた上で,各データについて正規性を認めなかったことからFreidman検定をおこなった。さらに下位検定としてSteel法による多重比較検定を実施した。有意水準はいずれも5%未満とした。
【結果】
F波出現頻度については,条件Aと比較して条件Bにおいて有意に高い値を示した(p<0.05)。さらに振幅F/M比については,条件A・条件Cと比較して条件Bにおいて有意に高い値を示した(p<0.05)。また,立ち上がり潜時については,各条件間で有意差は認められなかった。
【考察】
条件Aと比較して条件BにおいてF波出現頻度・振幅F/M比が有意に高い値を示した。このことから,同じ「母指を観察させる」という条件であっても,静止映像よりも実際に右母指が動いている映像を観察させるという視覚刺激の方が脊髄神経機能の興奮性を高めたことが示唆された。野嶌らは,背側骨間筋より運動誘発電位(MEP)を導出し,運動課題遂行中の手が映し出された映像と同じ手の静止画を観察させて比較した結果,運動課題遂行中の手の映像を観察させた方がMEPは有意に増大したと報告している。したがって,動いている映像を観察させることで脊髄神経機能の興奮性が高まった要因の一つとして,皮質からの下行性線維による影響が関与している可能性が考えられた。
また,条件Cと比較して条件Bにおいては振幅F/M比が有意に高い値を示しており,さらにF波出現頻度に関しても,有意差は認められなかったものの12例中9例で高い値を示していた。Naishらは,TMS(経頭蓋磁気刺激)を用いた研究にて,観察させた運動に関わる筋に固有の皮質脊髄路の興奮性に変化が生じたと報告している。これらのことから,別の部位の運動ではなく当該筋の関与する運動を観察させた方が,その筋を支配する脊髄神経機能の興奮性が高まりやすいという可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究から,臨床での理学療法場面において,当該筋の筋活動によって生じる実際の運動を観察させることで,その運動がより遂行しやすくなる可能性が示唆された。今後,視覚刺激と脊髄神経機能の興奮性との関係についてさらに詳細に検討し,運動を遂行する上でより効果的な視覚刺激の与え方について知見を得ていくことは有用であると考える。