第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

セレクション 口述9

転倒予防

2015年6月6日(土) 13:50 〜 14:50 第5会場 (ホールB5)

座長:小松泰喜(東京工科大学 医療保健学部), 隈元庸夫(埼玉県立大学 保健医療福祉学部)

[O-0462] 人工股関節全置換術後患者における転倒恐怖感や脱臼不安感は術後ADLの制限因子となる

1年間の縦断的調査による解析

永井宏達1,3, 生友尚志2, 増原建作2, 坪山直生3 (1.兵庫医療大学リハビリテーション学部, 2.増原クリニック, 3.京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻)

キーワード:転倒恐怖, 人工股関節, ADL

【はじめに,目的】
転倒恐怖感は日常生活活動の制限や行動範囲の縮小,さらにはQOLの低下につながるとされており,高齢者においては社会的な問題として広く取り上げられている。一方,人工股関節全置換術(THA)を施行した症例では,術後の機能回復には1年程度の期間を要するとされるが,その期間の転倒恐怖感は明らかではない。また,術後は脱臼のリスクが伴うため,日常生活において脱臼に対する不安感も有していることが考えられる。これらの心理的要因が術後のADL制限に寄与している可能性があるが,その関係は明らかになっていない。本研究では,THA後患者の日常生活における転倒恐怖感と脱臼不安感の変化を縦断的に調査し,それらがADL制限に及ぼす影響を明らかにすることである。

【方法】
本研究のデザインは縦断研究である。2013年2月~8月にクリニックにてTHAを受けた患者を調査対象とした。骨切り術後,関節リウマチ,心疾患,視覚障害,脳卒中,めまいなどを有する症例は対象から除外した。調査時期は,術前,術後3か月,術後6か月,術後1年とした。転倒恐怖感の評価には,従来の転倒恐怖感の評価を,我々が股関節患者用に一部修正して開発したものを用いた(Nagai et al, Physiotherapy 2014)。質問項目は,入浴,戸棚やタンスの開閉,食事の用意・配膳,家の周りの歩行,布団・ベッドでの起居動作,階段,椅子の立ち座り,更衣(靴下含む),掃除,買い物,床での立ち座り,下に落ちたものを拾う動作の12項目とし,それぞれの項目に関して,動作時の転倒恐怖の有無を聴取し点数化した(恐怖ありで12点満点)。また,脱臼不安感の評価については,転倒恐怖スケールと同様の項目を用い,動作時の脱臼不安感の有無を聴取し点数化した(不安ありで12点満点)。また,それらによるADL制限の影響を調査するため,恐怖感(不安感)があることで,回避するADL動作があるかどうかを聴取した。その他の評価として,日本整形外科学会股関節疾患評価質問票(JHEQ)を用いた。統計学的分析としては,転倒恐怖感,および脱臼不安感の変化にはFriedman検定,下位項目ごとの変化にはCochran検定を用いた。また1年後の転倒恐怖感,脱臼不安感それぞれに影響する因子を検討するため,年齢,BMI,罹患歴,反対側の股関節の状態,JHEQの下位項目の点数,術後の転倒歴,服薬,仕事の有無等を独立変数とした重回帰分析を行った。

【結果】
除外基準に該当せず,データの欠損のない52名(年齢:61±10歳)を解析対象とした。時間の経過とともに,転倒恐怖感は有意に減少していたが(p<0.05),脱臼不安感は有意な減少を認めなかった。1年後にも転倒恐怖を感じる割合が高かった下位項目としては,階段(恐怖感あり:25%),床での立ち座り(23%),家の周りの歩行(21%),入浴(19%),拾う動作(17%)であった。脱臼不安感としては,拾う動作(脱臼不安感あり:33%),床での立ち座り(31%),更衣(21%),入浴(17%),階段(17%)となっていた。転倒恐怖感によるADLの動作回避がある患者の割合は,術前:4%,3ヶ月:12%,6か月:10%,12か月:10%であった。一方,脱臼不安感によるADL動作回避の割合は,3か月:17%,6か月:10%,12か月:6%であった。実際に回避している動作は,転倒恐怖感では,階段,床での立ち座りなど,脱臼不安感では,床での立ち座り,拾う動作などが挙げられた。
重回帰分析の結果,転倒恐怖感に影響を及ぼす因子としては,JHEQ気分(β=-0.37),年齢(β=0.35),JHEQ動作(β=-0.26)が抽出された(R2=0.41)。また,脱臼不安に関しては,BMI(β=0.44),JHEQ気分(β=-0.36)が抽出された(R2=0.33)。
【考察】
研究の結果より,THA後は特定のADL項目で転倒恐怖感や脱臼不安感を有しており,それらは術後の経過とともに軽減する傾向にあるものの,1年後においてもADL制限の原因となりうることが明らかになった。また,転倒恐怖,脱臼不安ともにJHEQの気分が寄与していることから,その時の心理状態が影響していることが明らかになった。このことはTHA後症例の日常生活動作指導を行う上では,心理状態を考慮してアプローチしていく必要性があることを示唆していると考える。

【理学療法学研究としての意義】
本研究はTHA後症例の転倒恐怖,脱臼不安がADL制限に寄与することを明らかにした初めての研究である。患者のADL改善のための新たな視点を提供する研究であると考える。