第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

セレクション 口述9

転倒予防

2015年6月6日(土) 13:50 〜 14:50 第5会場 (ホールB5)

座長:小松泰喜(東京工科大学 医療保健学部), 隈元庸夫(埼玉県立大学 保健医療福祉学部)

[O-0464] 大腿骨近位部骨折患者の術前栄養状態と摂取エネルギー,術後ADLの関連

神戸市内急性期病院による多施設共同研究

井上達朗1,4, 田中利明1, 坂本裕規2,4, 山田真寿実2, 田中里紅2, 岩田健太郎2, 中馬優樹3, 小野玲4 (1.西神戸医療センター, 2.神戸市立医療センター中央市民病院, 3.済生会兵庫県病院, 4.神戸大学大学院保健学研究科)

キーワード:大腿骨近位部骨折, 栄養, 多施設共同研究

【はじめに,目的】
先行研究において大腿骨近位部骨折患者は入院時で既に13から63%が低栄養状態にあり,低栄養状態が術後合併症や死亡率上昇に寄与していると報告している。ヨーロッパ静脈経腸栄養学会のガイドラインでは大腿骨近位部骨折やその他の高齢整形外科疾患における栄養サポートは術後合併症を減少させるという高いエビデンスを示している。しかし栄養状態を多角的に評価した上でADLを始めとしたリハビリテーションアウトカムとの関連は不明確である。そこで本研究は大腿骨近位部骨折患者の術前栄養状態と急性期病院入院中の摂取エネルギー,術後ADLの関連を多施設のデータから多変量解析を用いて調査することを目的とした。
【方法】
神戸市内の急性期総合病院3施設で2013年6月から2014年9月までに入院した65歳以上の転倒による大腿骨近位部骨折患者119名から嚥下障害,術後荷重制限,死亡を除外した110名を解析対象とした。Mini Nutritional Assessment-Short Form(以下MNA-SF)を用いて術前に低栄養群(0-7points),リスク群(8-11points),良好群(12-14points)に分類し,年齢,性別,BMI,骨折部位,手術様式,受傷前歩行能力,血清データ(アルブミン,ヘモグロビン,CRP,白血球),併存疾患,認知機能(HDS-R),握力,下腿周径,平均摂取エネルギー/日(Energy Intake,以下EI)を比較した。各個人におけるエネルギー必要量を考慮する為,Harris-Benedict式を用いて基礎代謝量(Basal Metabolic Rate,以下BMR)を算出し,BMRに手術侵襲と活動レベルを加味したストレス係数(1.1)と活動係数(1.3)を乗じて総エネルギー必要量(BMR×1.1×1.3)を算出した。また,総エネルギー必要量に対する摂取エネルギーの割合(EI/BMR×1.1×1.3)を算出した。アウトカムは退院時FIM運動項目とし,術後合併症,在院日数,転帰についても記録した。統計解析は3群間の比較に一元配置分散分析と事後検定,またはχ2検定を行った。また,退院時FIM運動項目を目的変数として年齢,性別,BMI,手術様式,受傷前歩行能力,摂取エネルギー,握力,認知症の有無,MNA-SF,在院日数を説明変数として強制投入した重回帰分析を行った。

【結果】
低栄養群19名(17%,平均年齢84.5±9.0歳),リスク群58名(53%,84.0±7.8歳),良好群33名(30%,81.4±7.0歳)であった。単変量解析の結果,対象者特性ではBMI,下腿周径,握力,アルブミン値に有意差を認めた。摂取エネルギーは低栄養群793.3±392.8kcal/日,リスク群1018.9±310.8kcal/日,良好群1242.9kcal±291.3kcal/日であり,リスク群と低栄養群(P<0.05),良好群と低栄養群(P<0.01),リスク群(P<0.01)で有意差を認めた。総エネルギー必要量に対する摂取エネルギーの割合(EI/BMR×1.1×1.3)は低栄養群0.65,リスク群0.78,良好群0.83であった。退院時FIM運動項目は低栄養群42.9±20.6,リスク群51.5±18.3,良好群68.8±15.5であり良好群と低栄養群,リスク群に有意差を認めた(P<0.01)。重回帰分析の結果,性別(標準化偏回帰係数0.001,P<0.01),手術様式(-0.15,P<0.01),握力(0.02,P<0.01),認知症(1.58,P<0.01),MNA-SF(0.27,P<0.01)が退院時FIM運動項目と有意に関連していた。(R2=0.64,P<0.01)

【考察】
本研究結果より術前の栄養状態が退院時ADLに独立して関連している事が示唆された。また術前の低栄養状態は術後の摂取エネルギーを低下させ,総エネルギー必要量に対する摂取エネルギーの割合も低下させていた。先行研究では低栄養状態が骨折や手術による異化反応に対する免疫応答を鈍化させ,術後合併症を増加させると報告している。また,術後摂取エネルギーの減少は筋肉量減少と筋力低下を惹起し,更なる免疫応答の低下や治癒を遅延させると報告している。本研究での低栄養群,リスク群における退院時ADLの低下に関しても同様の過程から歩行能力を始めとするADL回復を遅延させていると考えられ,患者個々のエネルギー必要量に応じた介入が必要とされると考える。
【理学療法学研究としての意義】
大腿骨近位部骨折患者の術後ADLの予測において術前栄養状態が関連している事が示唆され,栄養状態の把握が予後予測に有用であると考えられる。