[O-0481] 心肺蘇生における胸骨圧迫のバイオメカニクス
―速さの違いによる深さと強さの分析検討―
Keywords:心肺蘇生法, 胸骨圧迫, バイオメカニクス
【目的】
心肺蘇生法は,世界中からの多くの科学的根拠により5年に一度改定されており,現在はガイドライン2010(以下G2010)が教育,実施されている。一次救命処置(Basic Life Support;以下BLS)は,G2010で50年ぶりに気道-呼吸-胸骨圧迫(ABC)から胸骨圧迫-気道-呼吸(CAB)へと変更された。質の高い心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation;以下CPR)が蘇生率に最も寄与し,特に胸骨圧迫が重要とされる。G2010で胸骨圧迫は,速さが1分間に少なくとも100回以上,深さは少なくとも5cm以上に変更された。また,圧迫を行うたびに胸壁が完全にもとの位置に戻るまで待つは,変わらず重要な概念(以下Core Skill)とされている。これらCore Skillを適切に実施することが蘇生させるために重要となるが,G2010では胸骨圧迫の速さの上限は規定されていない。近年の報告で,実際の傷病者へのCPRにおいて,1分間で130回の速さ(以下130回)では蘇生率が低下するとされている。今後,ガイドライン2015以降には,胸骨圧迫の速さの上限が検討されることが予想される。しかし,130回ではCore Skillの内,何が十分でないのであろうか。胸骨圧迫を動作としてバイオメカニクスの視点で捉えた研究は世界的にもなく,胸骨圧迫の速さの違いは動作としてどのような違いがあるのか,その検討はされていない。本研究の目的は,CPRにおける胸骨圧迫動作のバイオメカニクスを明らかにすることである。今回は,1分間で100回の速さ(以下100回)と130回の速さの違いについて,胸骨圧迫の深さと強さから分析検討した。
【方法】
対象は,胸骨圧迫の質を確保するためにBLSインストラクター資格を有する1名(指導歴8年)とした。測定機器は,三次元動作解析装置VICON MX(VICON社製)と床反力計(AMTI社製)を用いた。サンプリング周波数は100Hzとした。マーカーモデルは,Plug In Gait Full Body(UPA and FRM)とし,全身に39個のマーカーを貼付した。床上に置いたマネキンの胸骨下半分に両手を組み置き,その高さを開始位置とした。胸壁に直接置いた手(下になる手)側の,尺骨茎状突起にあるWRBマーカーの垂直成分(Z座標)の最下点を圧迫時とした。測定課題は,床上のマネキンへの胸骨圧迫動作とし,1分間に100回と130回での胸骨圧迫をそれぞれ2分間実施させた。速さはメトロノームで規定し,各1試行実施した。先行研究によると胸骨圧迫の疲労は60秒を超えると起こるとされているため,データの抽出は測定した2分間の内,各試行前半1分間とし,それぞれ100回分と130回分,計230回分の胸骨圧迫のデータを抽出した。開始位置から圧迫時のWRBマーカーの変位量を算出し,圧迫の深さとした。また,床反力計から算出された値(N)を,対象の体重(kg)に重力加速度(m/s2)を乗算した値(N)で除して正規化した値を,圧迫の強さとした。統計解析は,正規性の検定(Shapiro-Wilk検定)後に,圧迫の深さにはWilcoxonの符号付順位検定,圧迫の強さには対応のあるt検定を用いて,圧迫の速さの違いによる深さと強さの相違を分析検討した。統計的有意水準は1%未満とした。なお,全ての統計解析はSPSS ver.21.0J for Windowsを使用した。
【結果】
圧迫の深さは,100回は5.3±0.5cm,130回は3.4±0.5cmであり,100回と比較して130回では有意に浅かった(p<0.01)。圧迫の強さは,100回は0.72±0.03,130回は0.69±0.02であり,100回と比較して130回では有意に弱かった(p<0.01)。また130回の胸骨圧迫の内,97回(75%)が開始位置まで戻せていなかった(p<0.01)。
【考察】
本研究により,100回と130回の胸骨圧迫動作の深さと強さの違いが明らかとなった。130回では,浅く,弱く,胸壁を完全にもとの位置に戻せておらずCore Skillを適切に実施できていなかった。質の高いCPR,特に胸骨圧迫が重要と強調されているが,BLS講習会においてもインストラクターから,「もっと深く,もっと強く」と受講生への抽象的なフィードバックが多い。胸骨圧迫を動作と捉え,バイオメカニクスの視点で分析検討することは重要と考える。この分析検討により,CPR技術獲得のための指導方法の再考や,具体的フィードバックにつながり,また,CPR技術をより質の高い技術として適切に身につけることへの一助となる可能性を示唆できると考える。
【理学療法学研究としての意義】
胸骨圧迫動作をバイオメカニクスの視点で明らかにすることは,CPR教育や実践において,その質的向上へ寄与する可能性が示唆できると考える。
心肺蘇生法は,世界中からの多くの科学的根拠により5年に一度改定されており,現在はガイドライン2010(以下G2010)が教育,実施されている。一次救命処置(Basic Life Support;以下BLS)は,G2010で50年ぶりに気道-呼吸-胸骨圧迫(ABC)から胸骨圧迫-気道-呼吸(CAB)へと変更された。質の高い心肺蘇生(cardiopulmonary resuscitation;以下CPR)が蘇生率に最も寄与し,特に胸骨圧迫が重要とされる。G2010で胸骨圧迫は,速さが1分間に少なくとも100回以上,深さは少なくとも5cm以上に変更された。また,圧迫を行うたびに胸壁が完全にもとの位置に戻るまで待つは,変わらず重要な概念(以下Core Skill)とされている。これらCore Skillを適切に実施することが蘇生させるために重要となるが,G2010では胸骨圧迫の速さの上限は規定されていない。近年の報告で,実際の傷病者へのCPRにおいて,1分間で130回の速さ(以下130回)では蘇生率が低下するとされている。今後,ガイドライン2015以降には,胸骨圧迫の速さの上限が検討されることが予想される。しかし,130回ではCore Skillの内,何が十分でないのであろうか。胸骨圧迫を動作としてバイオメカニクスの視点で捉えた研究は世界的にもなく,胸骨圧迫の速さの違いは動作としてどのような違いがあるのか,その検討はされていない。本研究の目的は,CPRにおける胸骨圧迫動作のバイオメカニクスを明らかにすることである。今回は,1分間で100回の速さ(以下100回)と130回の速さの違いについて,胸骨圧迫の深さと強さから分析検討した。
【方法】
対象は,胸骨圧迫の質を確保するためにBLSインストラクター資格を有する1名(指導歴8年)とした。測定機器は,三次元動作解析装置VICON MX(VICON社製)と床反力計(AMTI社製)を用いた。サンプリング周波数は100Hzとした。マーカーモデルは,Plug In Gait Full Body(UPA and FRM)とし,全身に39個のマーカーを貼付した。床上に置いたマネキンの胸骨下半分に両手を組み置き,その高さを開始位置とした。胸壁に直接置いた手(下になる手)側の,尺骨茎状突起にあるWRBマーカーの垂直成分(Z座標)の最下点を圧迫時とした。測定課題は,床上のマネキンへの胸骨圧迫動作とし,1分間に100回と130回での胸骨圧迫をそれぞれ2分間実施させた。速さはメトロノームで規定し,各1試行実施した。先行研究によると胸骨圧迫の疲労は60秒を超えると起こるとされているため,データの抽出は測定した2分間の内,各試行前半1分間とし,それぞれ100回分と130回分,計230回分の胸骨圧迫のデータを抽出した。開始位置から圧迫時のWRBマーカーの変位量を算出し,圧迫の深さとした。また,床反力計から算出された値(N)を,対象の体重(kg)に重力加速度(m/s2)を乗算した値(N)で除して正規化した値を,圧迫の強さとした。統計解析は,正規性の検定(Shapiro-Wilk検定)後に,圧迫の深さにはWilcoxonの符号付順位検定,圧迫の強さには対応のあるt検定を用いて,圧迫の速さの違いによる深さと強さの相違を分析検討した。統計的有意水準は1%未満とした。なお,全ての統計解析はSPSS ver.21.0J for Windowsを使用した。
【結果】
圧迫の深さは,100回は5.3±0.5cm,130回は3.4±0.5cmであり,100回と比較して130回では有意に浅かった(p<0.01)。圧迫の強さは,100回は0.72±0.03,130回は0.69±0.02であり,100回と比較して130回では有意に弱かった(p<0.01)。また130回の胸骨圧迫の内,97回(75%)が開始位置まで戻せていなかった(p<0.01)。
【考察】
本研究により,100回と130回の胸骨圧迫動作の深さと強さの違いが明らかとなった。130回では,浅く,弱く,胸壁を完全にもとの位置に戻せておらずCore Skillを適切に実施できていなかった。質の高いCPR,特に胸骨圧迫が重要と強調されているが,BLS講習会においてもインストラクターから,「もっと深く,もっと強く」と受講生への抽象的なフィードバックが多い。胸骨圧迫を動作と捉え,バイオメカニクスの視点で分析検討することは重要と考える。この分析検討により,CPR技術獲得のための指導方法の再考や,具体的フィードバックにつながり,また,CPR技術をより質の高い技術として適切に身につけることへの一助となる可能性を示唆できると考える。
【理学療法学研究としての意義】
胸骨圧迫動作をバイオメカニクスの視点で明らかにすることは,CPR教育や実践において,その質的向上へ寄与する可能性が示唆できると考える。