[O-0498] Sit-to-Walk taskへの二次的課題付加の影響と繰り返しの試行による適応の分析
Keywords:Sit-to-Walk task, 二重課題, 適応
【はじめに,目的】
椅子座位姿勢からの歩行開始動作であるSit-to-Walk task(STW)において,健常者では立ち上がりが終了する前に第1歩目が振り出され歩行が開始する。このような現象は流動性(fluidity)と呼ばれ,評価指標としてFluidity Index(FI)が開発されている。また近年,二重課題が注目され,臨床での治療介入あるいは転倒予測に活用されている。STWについては二重課題に関連した報告はまだ無いが,二次的課題の付加により臨床活用時の課題難易度の調整や,新たな評価指標の確立につながる可能性がある。そこで本研究では健常若年者を対象に,通常のSTW(STW-S)に,水の入ったコップの把持課題を付加する(STW-D)ことでの影響と,繰り返しの試行による二重課題への適応の過程を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象者は健常若年男性12人(23.8±2.2歳)とした。STWの共通条件の設定はMalouinらの方法を参考とした。開始姿勢は椅子座位,動作は最大速度,目標地点は正面前方2m,第1歩目の左右は全試行で左側とした。STW-Sでは両手は胸の前で組んでおくこととした。STW-Dでは右手に上端1cmまで水の入ったコップを把持し,左手は胸に当てておき,こぼさずに出来るだけ速くSTWを試行することとした。数回の練習の後,STW-Sを1回試行し,その後練習をせずにSTW-Dを連続で10回試行した。測定には三次元動作解析装置(ローカス3D MA-3000;アニマ社製),シート式下肢加重計(ウォークway MW-1000;アニマ社製)を同期させ,100Hzにて記録した。解析項目は身体重心の前方への運動量で,体幹の前傾相でみられるpeak値,離殿のタイミングと同時期で,前方への運動量が下がりきったbottom値(kg・m/s),peak値に対するbottom値の割合で,値が大きいほど高いfluidityを示すFI(%),動作が開始されてから第1歩目の踵接地までの時間(秒),第1歩目の歩幅(%),立ち上がり時の体幹の最大前傾角度(度)とした。なお身体重心座標は12箇所に貼付した反射マーカーより算出し,8Hzのlow pass filter処理を行なった。歩幅は対象者の身長にて正規化した。これらの指標について,反復測定の一元配置分散分析後,STW-Sを対照としDunnett法にて多重比較を行った。統計処理にはSPSS Statistics 22を用い,有意水準を5%とした。
【結果】
STW-Sの各項目の平均値(標準偏差)は,peak値が42.7±8.0,bottom値が41.2±7.4,FIが95.6±3.7,開始から踵接地までの時間が1.28±0.17,歩幅が39.8±4.7,体幹前傾角度が39.8±4.7であった。合計11回の課題の繰り返しについて,全ての項目で分散分析において有意差を認めた。peak値とbottom値は,STW-Dの1回目でそれぞれ33.9±9.7,30.7±9.2(STW-S比でそれぞれ79.3%,74.4%)と最も低下し,その後は増加傾向を示し,ともに10回目で38.2±9.1,36.6±9.2と最大となったが,全ての試行でSTW-Sよりも有意に低値であった。FIはSTW-Dの1回目が91.4±4.6となり,STS-Sに対し有意に低下したが,2回目以降は有意差を認めなかった。時間も同様にSTW-Dの1回目が1.42±0.22で最も延長し有意差を認めたが,2回目以降に有意差はなかった。歩幅についてもSTW-Sに対しSTW-Dの1回目が32.5±4.4と最低となり,その後増加傾向を示したが8回目までは有意な低下を認め,9回目以降はSTW-Sとの有意差を認めなかった。体幹前傾角度はSTW-Dの1回目が32.5±4.4で最も低下し,全試行でSTW-Sに対し有意な減少を認めた。
【考察】
二次的課題の付加により動作速度が抑えられ,peak値,bottom値がともに低下した。特にSTW-Dの1回目では離殿付近での減速が大きく,fluidityが低下した。しかし2回目以降はこの減速幅を縮小させ,STW-Sと同様なFIまで上昇させた。体幹前傾角の減少は立ち上がり時の体幹運動の利用を制限したことを示すが,STW-D中の変化はなく,今回の付加課題に特異的な現象であるといえる。
二次的課題付加後の繰り返しにより,健常若年者では全体の動作速度を向上させながら余計な減速を避け,fluidityを維持するといった適応が認められた。一方で患者や高齢者においては二次的課題の付加により立ち上がり動作と歩行開始動作が完全に分離してしまう可能性や,適応が困難であることも考えられ,今後のデータ収集,分析が必要である。
【理学療法学研究としての意義】
健常若年者の場合は,STWに二次課題が付加されてもfluidityの低下は一時的であり,早期に適応することが明らかとなった。この結果は患者や高齢者での分析,臨床活用のための基礎となり,二重課題への適応の比較は新たな視点での評価指標となる可能性がある。
椅子座位姿勢からの歩行開始動作であるSit-to-Walk task(STW)において,健常者では立ち上がりが終了する前に第1歩目が振り出され歩行が開始する。このような現象は流動性(fluidity)と呼ばれ,評価指標としてFluidity Index(FI)が開発されている。また近年,二重課題が注目され,臨床での治療介入あるいは転倒予測に活用されている。STWについては二重課題に関連した報告はまだ無いが,二次的課題の付加により臨床活用時の課題難易度の調整や,新たな評価指標の確立につながる可能性がある。そこで本研究では健常若年者を対象に,通常のSTW(STW-S)に,水の入ったコップの把持課題を付加する(STW-D)ことでの影響と,繰り返しの試行による二重課題への適応の過程を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象者は健常若年男性12人(23.8±2.2歳)とした。STWの共通条件の設定はMalouinらの方法を参考とした。開始姿勢は椅子座位,動作は最大速度,目標地点は正面前方2m,第1歩目の左右は全試行で左側とした。STW-Sでは両手は胸の前で組んでおくこととした。STW-Dでは右手に上端1cmまで水の入ったコップを把持し,左手は胸に当てておき,こぼさずに出来るだけ速くSTWを試行することとした。数回の練習の後,STW-Sを1回試行し,その後練習をせずにSTW-Dを連続で10回試行した。測定には三次元動作解析装置(ローカス3D MA-3000;アニマ社製),シート式下肢加重計(ウォークway MW-1000;アニマ社製)を同期させ,100Hzにて記録した。解析項目は身体重心の前方への運動量で,体幹の前傾相でみられるpeak値,離殿のタイミングと同時期で,前方への運動量が下がりきったbottom値(kg・m/s),peak値に対するbottom値の割合で,値が大きいほど高いfluidityを示すFI(%),動作が開始されてから第1歩目の踵接地までの時間(秒),第1歩目の歩幅(%),立ち上がり時の体幹の最大前傾角度(度)とした。なお身体重心座標は12箇所に貼付した反射マーカーより算出し,8Hzのlow pass filter処理を行なった。歩幅は対象者の身長にて正規化した。これらの指標について,反復測定の一元配置分散分析後,STW-Sを対照としDunnett法にて多重比較を行った。統計処理にはSPSS Statistics 22を用い,有意水準を5%とした。
【結果】
STW-Sの各項目の平均値(標準偏差)は,peak値が42.7±8.0,bottom値が41.2±7.4,FIが95.6±3.7,開始から踵接地までの時間が1.28±0.17,歩幅が39.8±4.7,体幹前傾角度が39.8±4.7であった。合計11回の課題の繰り返しについて,全ての項目で分散分析において有意差を認めた。peak値とbottom値は,STW-Dの1回目でそれぞれ33.9±9.7,30.7±9.2(STW-S比でそれぞれ79.3%,74.4%)と最も低下し,その後は増加傾向を示し,ともに10回目で38.2±9.1,36.6±9.2と最大となったが,全ての試行でSTW-Sよりも有意に低値であった。FIはSTW-Dの1回目が91.4±4.6となり,STS-Sに対し有意に低下したが,2回目以降は有意差を認めなかった。時間も同様にSTW-Dの1回目が1.42±0.22で最も延長し有意差を認めたが,2回目以降に有意差はなかった。歩幅についてもSTW-Sに対しSTW-Dの1回目が32.5±4.4と最低となり,その後増加傾向を示したが8回目までは有意な低下を認め,9回目以降はSTW-Sとの有意差を認めなかった。体幹前傾角度はSTW-Dの1回目が32.5±4.4で最も低下し,全試行でSTW-Sに対し有意な減少を認めた。
【考察】
二次的課題の付加により動作速度が抑えられ,peak値,bottom値がともに低下した。特にSTW-Dの1回目では離殿付近での減速が大きく,fluidityが低下した。しかし2回目以降はこの減速幅を縮小させ,STW-Sと同様なFIまで上昇させた。体幹前傾角の減少は立ち上がり時の体幹運動の利用を制限したことを示すが,STW-D中の変化はなく,今回の付加課題に特異的な現象であるといえる。
二次的課題付加後の繰り返しにより,健常若年者では全体の動作速度を向上させながら余計な減速を避け,fluidityを維持するといった適応が認められた。一方で患者や高齢者においては二次的課題の付加により立ち上がり動作と歩行開始動作が完全に分離してしまう可能性や,適応が困難であることも考えられ,今後のデータ収集,分析が必要である。
【理学療法学研究としての意義】
健常若年者の場合は,STWに二次課題が付加されてもfluidityの低下は一時的であり,早期に適応することが明らかとなった。この結果は患者や高齢者での分析,臨床活用のための基礎となり,二重課題への適応の比較は新たな視点での評価指標となる可能性がある。