第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述68

人体構造・機能情報学2

Sat. Jun 6, 2015 3:00 PM - 4:00 PM 第9会場 (ガラス棟 G409)

座長:前島洋(北海道大学 大学院保健科学研究院 機能回復学分野)

[O-0513] マカクサル第一次運動野損傷後の機能回復に伴い形成される腹側運動前野から小脳核へと向かう直接経路

山本竜也1,2,3, 村田弓2, 林隆司1, 肥後範行2,4 (1.つくば国際大学医療保健学部理学療法学科, 2.産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門, 3.(独)日本学術振興会特別研究員, 4.科学技術振興機構さきがけ)

Keywords:脳損傷, 神経回路, 可塑性

【はじめに,目的】
第一次運動野は大脳皮質と脊髄とを結ぶ皮質脊髄路ニューロンを豊富に含む領域である。この領域に損傷を受けると運動麻痺が生じる。しかし,このような麻痺は回復することがある。マカクサルを用いた行動学および脳機能画像解析により,第一次運動野を損傷した後に手指の把握運動が回復すること,その背景に大脳皮質運動関連領域(特に損傷と同側半球の腹側運動前野)による機能代償があることが明らかにされた。これらの知見は,損傷を受けた経路自体が再生しなくても,直接的な損傷の影響を免れた他の大脳皮質運動関連領域が代償的に機能することにより運動機能が回復することを示唆する。しかし,このような機能代償がどのような神経回路基盤により制御されているのかに関しては未だ不明な点が多い。本研究では,組織学的手法を用いて,損傷同側腹側運動前野ニューロンの投射先を健常マカクサルと運動機能回復後の損傷マカクサルとの間で比較することにより,第一次運動野損傷後に生じる機能代償がどのような神経回路の再編成により実現されているのかを検証した。
【方法】
マカクサル3頭(Macaca mulatta,体重:7.0-8.0 kg,性別:オス)に対し皮質内微小刺激を用いて第一次運動野の手領域を同定した後,イボテン酸注入による不可逆的な損傷を作成した。手指の把握運動機能を評価するために,目の前にある小さな餌をつまみ取る行動課題をマカクサルに学習させた。餌を落とさずに食べることを課題成功の条件とした。損傷前と同程度な課題成功率に達した損傷マカクサル(損傷後約3ヵ月)の損傷同側腹側運動前野に解剖学的トレーサー(Biotinylated Dextran Amine)を注入し,その1か月後に還流固定を行った。凍結切片作成後,トレーサー陽性軸索を可視化するために免疫組織化学を行った。また,腹側運動前野ニューロンが投射先において機能的シナプスを形成していることを確認するために,シナプスマーカー(Vesicular glutamate transporter 1【VGLUT1】及びSynaptophysin)・解剖学的トレーサー・細胞核マーカー(DAPI)を用いた多重染色実験を行った。
対照群として,健常マカクサル3頭(Macaca mulatta,体重:4.0-5.5 kg,性別:オス)の腹側運動前野に解剖学的トレーサーを注入した。うち1頭には,他の個体と比べ2倍量の解剖学的トレーサーを腹側運動前野に注入した。
【結果】
健常・損傷マカクサル共にトレーサー陽性軸索は様々な中枢神経系領域において観察されたが,小脳核においては両者の間に顕著な違いが観察された。すなわち,小脳核(特に損傷同側室頂核の中央部)におけるトレーサー陽性軸索は,健常マカクサルでは観察できなかったが,損傷マカクサルでは観察できた。さらに,損傷マカクサルの損傷同側室頂核において,解剖学的トレーサー・シナプスマーカー・細胞核マーカーの多重染色像が観察された。
【考察】
本研究結果は,第一次運動野損傷後に形成された損傷同側腹側運動前野から損傷同側室頂核へと向かう直接経路が,損傷後の運動機能回復に寄与することを示唆する。室頂核の中央部には,脊髄への投射を持つニューロンが豊富に存在することが知られている。したがって,皮質から脊髄へ直接投射する皮質脊髄路が損傷による影響を受けても,皮質から脊髄へと向かう並行経路を新たに構築することで,中枢神経系は損傷後の機能代償を成し遂げていると推察される。
【理学療法学研究としての意義】
本研究成果は,脳損傷後の機能代償領域から投射するマカクサル皮質下投射ニューロンの変化を世界で初めて示したものである。本研究成果とこれまでの行動・脳領域レベルでの検証から得られた知見とを統合することにより,損傷後の可塑的な変化に対するレベル縦断的な理解につながる。このような知見はリハビリテーションにおけるエビデンスを確立するうえで重要な基礎的資料になる。さらに本研究成果の発展により,脳損傷後の機能回復を促進させるための新たな手法の開発が期待される。