[O-0571] 脳血管障害後のPusher現象に対する腹臥位の効果と持続性について
―シングルケーススタディデザインによる3症例からの検証―
Keywords:Pusher現象, 腹臥位, シングルケーススタディー
【はじめに】
脳損傷後に生じるPusher現象は,視覚的垂直軸認知や身体的垂直軸認知の障害が関与し,空間に対する垂直判断の偏倚がその生起メカニズムとされる。しかし,Pusher現象例のなかには抗重力位の姿勢とは無関係に非麻痺肢での抵抗を示す症例を経験する。また,Burke Lateropulsion Scale(以下,BLS)の評価項目には寝返り動作が含まれており,Pusher現象が単に垂直軸を定位する認知的側面の障害のみならず,非麻痺側上下肢で「押す」という運動出力系の異常も包含した徴候であることを示唆するものと思われる。近年では,Pusher現象の機序や回復過程,病巣分析などの報告がなされているが,いまだ有効な治療はほとんどない。そこで本研究の目的は,腹臥位によりPusher現象が短期的に改善した症例を経験したため,その治療の効果と持続性について検証することである。
【方法】
対象はScale for Contraversive Pushing(以下,SCP)を用いてPusher現象が陽性(SCP各下位項目>0)と診断された初発の脳血管障害患者3例(症例1:60歳代男性,右被殻出血,試験開始36病日。症例2:70歳代女性,右被殻出血,試験開始20病日。症例3:70歳代女性,右中大脳動脈領域の心原性脳塞栓症,試験開始15病日。全例右手利き)とした。Pusher現象に対する腹臥位の効果は,シングルケーススタディデザイン(ABA法)を用いて検証した。A1期(ベースライン期),B期(介入期),A2期(フォローアップ期)は各々2日とし,各期で1日1時間のPusher現象に対する一般的な理学療法を行い,B期のみ腹臥位による治療(10分)を付加した。腹臥位における姿勢は,頚部の回旋や伸展が生じないように安楽な肢位になるよう治療台を設定し,頚部や四肢をリラックスさせるように教示した。評価時期はA1の前(以下,A1前),Bの前後(以下,B前,B後),A2の後(以下,A2後)とし,SCP,Trunk Control Test(以下,TCT),座位保持時の非麻痺肢の使用状況と他動的に垂直位にした際の内省,Visual Analog Scale(以下,VAS)による座位時の恐怖感を評価した。各評価は腹臥位治療に関与しない者が実施し,評価結果に影響しないよう配慮した。
【結果】
A1前とB前でのSCPは,症例1が6点,症例2が6点,症例3が5.5点と重度のPusher現象を呈しており,TCTは症例1が12点,症例2が12点,症例3が0点であった。腹臥位による治療後(B後)のSCPは症例1が3.5点,症例2が2.5点,症例3が2.5点となり,TCTも症例1が24点,症例2が24点,症例3が12点へと改善した。A2後のSCPは症例1が3.5点,症例2が1.75点,症例3が3.5点であり,腹臥位の効果が持続する例,さらに改善した例,効果が減弱した例が存在したものの,いずれもフォローアップ期での持ち越し効果が認められた。A2後のTCTは症例1が24点,症例2が24点,症例3が12点であり,B後からの変化はなかった。A1前とB前での非麻痺肢の使用状況に関する内省は,「腕に力を入れないと危ない」,「押してない」等,3症例とも非麻痺肢の過剰な反応に対する認識が乏しかったが,B後とA2後は「力の抜き方がわかった」,「力が入っていた」等に変化した。A1前とB前での垂直性に関する内省は,3症例とも「体が傾いている」であり,治療後も変化はなかった。A1前とB前でのVAS(10段階,0が恐怖感なし)は症例1で7/10,症例2で8/10,症例3で3/10であり,B後とA2後は症例1が8/10,症例2で7/10,症例3で3/10と著変はなかった。
【考察】
重度のPusher現象例に対する腹臥位による治療は,短期的かつ持続的にその徴候を改善させ,基本動作能力の向上にも寄与することが示された。一方,内省やVASの結果から,これらの効果は垂直性における認知的側面への影響は少なく,運動出力系に対して作用することが示唆された。今後,腹臥位による生理学的変化やPusher現象重症度別の効果,適応と限界について症例を重ね検証していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
Pusher現象は日常生活動作を著しく阻害し,その治療に難渋することが多い。そのため,Pusher現象に対する有効な治療の開発は,従来の日常生活動作能力や機能的予後の到達度をより高めうることが期待される。
脳損傷後に生じるPusher現象は,視覚的垂直軸認知や身体的垂直軸認知の障害が関与し,空間に対する垂直判断の偏倚がその生起メカニズムとされる。しかし,Pusher現象例のなかには抗重力位の姿勢とは無関係に非麻痺肢での抵抗を示す症例を経験する。また,Burke Lateropulsion Scale(以下,BLS)の評価項目には寝返り動作が含まれており,Pusher現象が単に垂直軸を定位する認知的側面の障害のみならず,非麻痺側上下肢で「押す」という運動出力系の異常も包含した徴候であることを示唆するものと思われる。近年では,Pusher現象の機序や回復過程,病巣分析などの報告がなされているが,いまだ有効な治療はほとんどない。そこで本研究の目的は,腹臥位によりPusher現象が短期的に改善した症例を経験したため,その治療の効果と持続性について検証することである。
【方法】
対象はScale for Contraversive Pushing(以下,SCP)を用いてPusher現象が陽性(SCP各下位項目>0)と診断された初発の脳血管障害患者3例(症例1:60歳代男性,右被殻出血,試験開始36病日。症例2:70歳代女性,右被殻出血,試験開始20病日。症例3:70歳代女性,右中大脳動脈領域の心原性脳塞栓症,試験開始15病日。全例右手利き)とした。Pusher現象に対する腹臥位の効果は,シングルケーススタディデザイン(ABA法)を用いて検証した。A1期(ベースライン期),B期(介入期),A2期(フォローアップ期)は各々2日とし,各期で1日1時間のPusher現象に対する一般的な理学療法を行い,B期のみ腹臥位による治療(10分)を付加した。腹臥位における姿勢は,頚部の回旋や伸展が生じないように安楽な肢位になるよう治療台を設定し,頚部や四肢をリラックスさせるように教示した。評価時期はA1の前(以下,A1前),Bの前後(以下,B前,B後),A2の後(以下,A2後)とし,SCP,Trunk Control Test(以下,TCT),座位保持時の非麻痺肢の使用状況と他動的に垂直位にした際の内省,Visual Analog Scale(以下,VAS)による座位時の恐怖感を評価した。各評価は腹臥位治療に関与しない者が実施し,評価結果に影響しないよう配慮した。
【結果】
A1前とB前でのSCPは,症例1が6点,症例2が6点,症例3が5.5点と重度のPusher現象を呈しており,TCTは症例1が12点,症例2が12点,症例3が0点であった。腹臥位による治療後(B後)のSCPは症例1が3.5点,症例2が2.5点,症例3が2.5点となり,TCTも症例1が24点,症例2が24点,症例3が12点へと改善した。A2後のSCPは症例1が3.5点,症例2が1.75点,症例3が3.5点であり,腹臥位の効果が持続する例,さらに改善した例,効果が減弱した例が存在したものの,いずれもフォローアップ期での持ち越し効果が認められた。A2後のTCTは症例1が24点,症例2が24点,症例3が12点であり,B後からの変化はなかった。A1前とB前での非麻痺肢の使用状況に関する内省は,「腕に力を入れないと危ない」,「押してない」等,3症例とも非麻痺肢の過剰な反応に対する認識が乏しかったが,B後とA2後は「力の抜き方がわかった」,「力が入っていた」等に変化した。A1前とB前での垂直性に関する内省は,3症例とも「体が傾いている」であり,治療後も変化はなかった。A1前とB前でのVAS(10段階,0が恐怖感なし)は症例1で7/10,症例2で8/10,症例3で3/10であり,B後とA2後は症例1が8/10,症例2で7/10,症例3で3/10と著変はなかった。
【考察】
重度のPusher現象例に対する腹臥位による治療は,短期的かつ持続的にその徴候を改善させ,基本動作能力の向上にも寄与することが示された。一方,内省やVASの結果から,これらの効果は垂直性における認知的側面への影響は少なく,運動出力系に対して作用することが示唆された。今後,腹臥位による生理学的変化やPusher現象重症度別の効果,適応と限界について症例を重ね検証していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
Pusher現象は日常生活動作を著しく阻害し,その治療に難渋することが多い。そのため,Pusher現象に対する有効な治療の開発は,従来の日常生活動作能力や機能的予後の到達度をより高めうることが期待される。