[O-0576] 脳梗塞後に頚部mechanical allodyniaを呈し,後方観察による視線認知課題が有効であった症例に対する一考察
キーワード:アロディニア, 関節可動域, 観察
【はじめに】
allodyniaは通常痛みを引き起こさない程度の刺激が痛みを引き起こす病態であり,mechanical allodyniaは軽い触刺激が皮膚に加わるだけで痛みが生じる状態である。そのため,徒手療法により改善させることは困難である。Melzackは慢性疼痛を呈する者は,脳の中の自己の身体地図に変化をきたしているというニューロマトリックス理論を提唱し,その中で認知的側面,感覚的側面,情動的側面が関与していると述べている。Finkらは疼痛が慢性化する原因として,情報の不一致をあげている。また,実際の運動と運動観察,運動イメージは共通する神経基盤であることが明らかとなっており,運動観察や運動イメージを用いた運動療法介入が運動機能や疼痛の改善に効果があることが報告されている。信迫らは後方観察での視線認知課題による頭頚部運動のシミュレーションと他者の運動目標を認識するミラーニューロン活動が,頚部運動器疾患の関節可動域制限と痛みに効果的に作用する可能性を報告している。本症例は,脳梗塞後に頚部にmechanical allodyniaを呈し,後方観察での視線認知課題にて改善が得られたため報告する。
【方法】
症例は70代男性。H25年9月右基底核を中心とした脳梗塞を発症。同時に右中大脳動脈に狭窄を認めた。既往に心房細動があり10月にペースメーカー留置術施行。12月に右中大脳動脈狭窄に対し,STA-MCA吻合術を施行。2月にリハビリ目的に当院転院となった。また発症から1月下旬まで四肢体幹拘束対応となっていた。当院入院時,Stroke Impairment Assessment Set-Motor:以下SIAS-M4-4-4-4-4。感覚障害左上下肢は表在,深部とも中等度鈍麻。関節可動域は自動運動にて頚部左回旋10°右回旋15°。上肢,頚部,体幹に強く制限があった。疼痛検査Numerical Rating Scale:以下NRS10/10左後頚部に触れる程度の刺激で大声を出す程の強い疼痛を認めた。高次脳機能障害は全般性注意障害,半側空間無視,言語性保続,運動性保続,環境依存症候群,身体失認を認め,寝ていると体がどこにあるかわからないとの発言が聞かれた。改訂長谷川式簡易知能スケール16/30。
後方観察による視線認知課題は,セラピストの前方に6個の色の違う目印を設置し,セラピストがランダムに頚部を回旋して6個の目印のいずれかに視線を移動した。その際,視線を移動する目印はセラピストの任意とした。患者には6個の目印のうちセラピストが何色の目印を見ているか口頭にて回答することを要求した。30回反復を週5回行った。また,ABA´デザインを用い効果を検証した。A期は一般的な理学療法B期は一般的な理学療法と後方観察による視線認知課題を実施した。各期間は1ヶ月,計3ヶ月。評価は頚部回旋自動運動の関節可動域とNRSにて実施。
【結果】
A期終了時,頚部回旋左10°右15°NRS8/10。B期終了時,頚部回旋左35°右40°NRS0/10,疼痛は消失したが,触刺激に対し重いとの訴えは残存。A´期終了時,頚部回旋左30°右40°NRS0/10,触刺激に対する重いとの訴えは残存。
【考察】
B期終了時,頚部回旋関節可動域と疼痛の改善が見られた。また,B期終了時と比較しA´期終了時には頚部回旋関節可動域はやや減少したが疼痛は見られず,後方観察による視線認知課題のmechanical allodyniaに対する長期的効果が確認された。
本症例は,身体失認を呈し認知的側面を障害していた。それにより運動の予測と感覚フィードバックに不一致が生じて疼痛が発生したと考えた。また,自分の身体がどうなっているかわからないという不安や,強い疼痛による心理的ストレスが情動的側面として疼痛を増強させる因子となっていると考えた。信迫らは左右の下前頭皮質のミラーニューロン:以下MNの活性化には,単に運動観察させるよりも,その運動の意図を推定するという認知的な負荷を与えたほうが適していると述べている。本症例において,セラピストの頭頚部回旋運動を観察するとともに,何色の目印を見ているかという意図を推定することでMNが活性化し,運動イメージが想起され認知的側面が改善され関節可動域と疼痛が改善したものと考える。またそのことにより,情動的側面として自分の身体がどうなっているかわからないという不安が改善されたものと考える。脳血管障害後のmechanical allodyniaに対する関節可動域制限と痛みに対しても後方観察での視線認知課題が有効である可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
軽い触刺激においても強い疼痛が見られるmechanical allodyniaに対し徒手療法を行うことは困難である。後方観察による視線認知課題などの運動観察は,そのような症例に対し有効である可能性が示唆された。
allodyniaは通常痛みを引き起こさない程度の刺激が痛みを引き起こす病態であり,mechanical allodyniaは軽い触刺激が皮膚に加わるだけで痛みが生じる状態である。そのため,徒手療法により改善させることは困難である。Melzackは慢性疼痛を呈する者は,脳の中の自己の身体地図に変化をきたしているというニューロマトリックス理論を提唱し,その中で認知的側面,感覚的側面,情動的側面が関与していると述べている。Finkらは疼痛が慢性化する原因として,情報の不一致をあげている。また,実際の運動と運動観察,運動イメージは共通する神経基盤であることが明らかとなっており,運動観察や運動イメージを用いた運動療法介入が運動機能や疼痛の改善に効果があることが報告されている。信迫らは後方観察での視線認知課題による頭頚部運動のシミュレーションと他者の運動目標を認識するミラーニューロン活動が,頚部運動器疾患の関節可動域制限と痛みに効果的に作用する可能性を報告している。本症例は,脳梗塞後に頚部にmechanical allodyniaを呈し,後方観察での視線認知課題にて改善が得られたため報告する。
【方法】
症例は70代男性。H25年9月右基底核を中心とした脳梗塞を発症。同時に右中大脳動脈に狭窄を認めた。既往に心房細動があり10月にペースメーカー留置術施行。12月に右中大脳動脈狭窄に対し,STA-MCA吻合術を施行。2月にリハビリ目的に当院転院となった。また発症から1月下旬まで四肢体幹拘束対応となっていた。当院入院時,Stroke Impairment Assessment Set-Motor:以下SIAS-M4-4-4-4-4。感覚障害左上下肢は表在,深部とも中等度鈍麻。関節可動域は自動運動にて頚部左回旋10°右回旋15°。上肢,頚部,体幹に強く制限があった。疼痛検査Numerical Rating Scale:以下NRS10/10左後頚部に触れる程度の刺激で大声を出す程の強い疼痛を認めた。高次脳機能障害は全般性注意障害,半側空間無視,言語性保続,運動性保続,環境依存症候群,身体失認を認め,寝ていると体がどこにあるかわからないとの発言が聞かれた。改訂長谷川式簡易知能スケール16/30。
後方観察による視線認知課題は,セラピストの前方に6個の色の違う目印を設置し,セラピストがランダムに頚部を回旋して6個の目印のいずれかに視線を移動した。その際,視線を移動する目印はセラピストの任意とした。患者には6個の目印のうちセラピストが何色の目印を見ているか口頭にて回答することを要求した。30回反復を週5回行った。また,ABA´デザインを用い効果を検証した。A期は一般的な理学療法B期は一般的な理学療法と後方観察による視線認知課題を実施した。各期間は1ヶ月,計3ヶ月。評価は頚部回旋自動運動の関節可動域とNRSにて実施。
【結果】
A期終了時,頚部回旋左10°右15°NRS8/10。B期終了時,頚部回旋左35°右40°NRS0/10,疼痛は消失したが,触刺激に対し重いとの訴えは残存。A´期終了時,頚部回旋左30°右40°NRS0/10,触刺激に対する重いとの訴えは残存。
【考察】
B期終了時,頚部回旋関節可動域と疼痛の改善が見られた。また,B期終了時と比較しA´期終了時には頚部回旋関節可動域はやや減少したが疼痛は見られず,後方観察による視線認知課題のmechanical allodyniaに対する長期的効果が確認された。
本症例は,身体失認を呈し認知的側面を障害していた。それにより運動の予測と感覚フィードバックに不一致が生じて疼痛が発生したと考えた。また,自分の身体がどうなっているかわからないという不安や,強い疼痛による心理的ストレスが情動的側面として疼痛を増強させる因子となっていると考えた。信迫らは左右の下前頭皮質のミラーニューロン:以下MNの活性化には,単に運動観察させるよりも,その運動の意図を推定するという認知的な負荷を与えたほうが適していると述べている。本症例において,セラピストの頭頚部回旋運動を観察するとともに,何色の目印を見ているかという意図を推定することでMNが活性化し,運動イメージが想起され認知的側面が改善され関節可動域と疼痛が改善したものと考える。またそのことにより,情動的側面として自分の身体がどうなっているかわからないという不安が改善されたものと考える。脳血管障害後のmechanical allodyniaに対する関節可動域制限と痛みに対しても後方観察での視線認知課題が有効である可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
軽い触刺激においても強い疼痛が見られるmechanical allodyniaに対し徒手療法を行うことは困難である。後方観察による視線認知課題などの運動観察は,そのような症例に対し有効である可能性が示唆された。