第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述84

人工膝関節2

2015年6月6日(土) 18:40 〜 19:40 第11会場 (ガラス棟 G610)

座長:森田伸(香川大学医学部附属病院 リハビリテーション部)

[O-0623] 人工膝関節全置換術患者の身体機能と不安の関係

稲垣沙野香1, 荒木清美1, 宇野澤怜子1, 河野裕治1, 青柳陽一郎2 (1.藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院, 2.藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学I講座)

キーワード:不安, 人工膝関節全置換術, 屈曲角度

【はじめに,目的】
人工膝関節全置換術(total knee arthroplasty:TKA)は,変形性膝関節症に対する標準的手術療法である。TKAは確立された手術法であり,術後は多くの患者で疼痛が軽減する。一方で,TKA予定患者からは術後膝関節可動域の獲得や機能予後に関する質問を多く受けるなど,患者側からの不安の要素は大きいと考えられる。坂本ら(2012)は,術前の心理状態と術後の膝関節屈曲角度や在院日数との関連を検討し,心理的非正常群は術後1週目以降の膝関節屈曲角度が低値であり,在院日数も有意に長かった,と報告した。今回,TKA術後の身体機能回復と不安に特化した心理状態を,新版STAIを用いて検討したので報告する。
【方法】
対象は2013年5月から2014年10月まで当院で変形性膝関節症の診断により初回TKAを施行された中枢神経障害を有さない14例14膝(女性12例・男性2例,75.6±6.5歳)。術前に新版STAI(State-Trait Anxiety Inventory:状態・特性不安検査)を用いて不安を評価した。新版STAIは不安の程度を測定する自己記入式の質問紙で20問,各4段階から構成される(80点満点)。評価時の心理状態として一番よく表すものを選択してもらった。本研究ではカットオフ値である42点未満を不安無し群,42点以上を不安有り群とした。術前と術後1週,4週に膝関節可動域,膝関節伸展筋力,歩行速度,疼痛を評価した。膝関節可動域は,術側他動的角度をゴニオメータにて5度刻みで計測した。膝関節伸展筋力は,HHD(ANIMA社製,μTas F-1)を用いた。測定肢位はプラットホーム端座位にて膝関節60度屈曲位,体幹垂直位とし,両腕を胸の前で組ませた。HHDセンサーは下腿遠位部に当て,約5秒間の最大努力下で等尺性膝伸展運動を行わせた。歩行は,快適速度にて10m歩行速度を計測した。疼痛評価は,NRS(Numerical Rating Scale)を用いて安静時痛を測定した。統計解析には,SPSS ver 21.0を用い,有意水準は5%未満とした。
【結果】
術前のSTAIの平均値は43.0±13.6点であり,不安は64.3%(9名/14名)でみられた。術前と術後4週の膝関節屈曲角度は術前STAIとそれぞれ有意な相関を認めた(r=-0.70,r=-0.67)。術前の膝関節屈曲角度は不安有り群が123±8度,無し群が137±7度であり,術後4週はそれぞれ123±6度,132±8度となった。術後4週において,当院の目標値である膝関節屈曲130度への到達割合は不安の有る群が22.2%,無い群が80.0%であり,有意差を認めた(p<0.05)。術前・術後4週の膝関節屈曲角度は疼痛,膝関節伸展筋力,歩行速度と関連を認めなかった。在院日数は,不安有り群が33.3±8.3日,不安無し群が33.8±4.0日であり,有意差を認めなかった。
【考察】
経験上,術前に不安を訴える患者は多く,志水ら(1988)は手術に対する機能喪失,変形や疼痛・術後環境の変化に対する不安等多様な精神活動の変化をみせると述べている。本研究結果より,術前のSTAIは43.0±13.6点,不安を呈するものが全体の64.3%と高率に認めた。不安有り群,無し群では,両群共に術後4週時点で術前の屈曲角度を概ね獲得出来たが,術後4週の目標値である膝関節屈曲130度への到達割合で比較すると,不安有り群は少なく,不安無し群で多かった。膝関節屈曲角度は疼痛,膝関節伸展筋力,歩行速度との相関を認めなかったが,不安と有意な相関を認めた。本研究では,不安有り群・無し群共に,術前と同等の屈曲角度を得ることが出来た。しかし退院後に治療介入が減少する中で,椅子からの立ち上がりや自転車駆動など,深屈曲の動作を容易に行えなければ,QOL低下に繋がりかねない。そのため不安の有る者には,特に人工関節が許す限りの屈曲角度を得られるよう治療介入をする必要がある。今後は具体的な不安内容を聴取し,それに適した患者指導を行っていく。
【理学療法学研究としての意義】
TKA患者の不安と身体機能回復を検討した研究はほとんどない。本研究では,術後4週の膝関節屈曲角度と術前の不安に関連を認めた。術前の不安状態を把握し,患者へ具体的な不安内容への説明を行うと共に,術後の機能予後を見据えた治療を行っていく必要性があると考えられる。