第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

セレクション 口述12

人体構造・機能情報学 運動生理学

2015年6月7日(日) 08:30 〜 09:30 第3会場 (ホールB7(1))

座長:河上敬介(名古屋大学大学院 医学系研究科リハビリテーション療法学専攻)

[O-0628] ヒトの運動時の心拍数調節機序の再検証

―心電図PP間隔変動周波数解析を用いて―

高橋真, 中本智子, 松川寛二, 渡邊多恵, 関川清一, 濱田泰伸 (広島大学大学院医歯薬保健学研究院)

キーワード:心拍数, 心拍変動, 自律神経機能

【はじめに,目的】
従来,運動開始時から約100 beats/min(bpm)までの心拍数増加は心臓迷走神経の抑制によって調節され,それ以上の心拍数増加には心臓交感神経が寄与するとされてきた。しかしながら,我々は従来の定説と異なり,運動開始時の心拍数増加に心臓交感神経が重要な役割を果たすことを明らかにした。一方,高強度運動時に心臓迷走神経活動が完全に抑制されているのか否かについては未解決の問題である。
ヒトにおいて直接的に心臓自律神経活動を計測することは不可能であり,これまでの研究では自律神経遮断薬による心拍応答の変化,あるいは筋交感神経活動から心臓自律神経の役割が検討されてきた。しかしながら,自律神経遮断薬を用いた場合,通常の自律神経活動とは言い難く,さらに,安静時の心拍数も変化し,運動に対する応答が異なる可能性が指摘されている。一方,交感神経系の活動はその支配領域によって異なることから,筋交感神経活動から心臓交感神経活動を推定することは困難である。したがって,現段階で,ヒトにおいて心臓自律神経活動を推定する方法は,迷走神経活動を反映するとされている心拍変動の高周波成分のみである。
この心拍変動周波数解析は簡便に心臓自律神経活動を推定できる方法として,1980年代から多方面の基礎的・臨床的研究に応用されてきたが,幾つかの問題点を含む。中でも,運動中の心拍変動の解析にはこれまで心電図RR間隔の変動が用いられてきたが,これはRR間隔とPP間隔の変動が同一であることを前提としている。安静時にはこの前提が成立するが,運動中において心拍数が100 bpm以上となると,PP間隔の分散と比べて,RR間隔の分散が著しく減少する。したがって,運動中のRR間隔の変動は心臓迷走神経活動を必ずしも反映せず,PP間隔の変動を用いる必要があるが,現在まで検討は行われていない。
そこで,本研究は心電図PP間隔の変動を周波数解析することで得られる高周波成分を指標とし,ヒトの高強度運動中の心拍数調節における心臓迷走神経の役割を再検証する。
【方法】
対象者は健常若年者12名であった。自転車エルゴメータを用いて心拍数を100,120,140 bpmと段階的に負荷量を調節して増加させた。それぞれの目標心拍数レベルで3分間の定常状態中の心電図を計測した。計測した心電図からP波,R波を同定し,PP間隔,RR間隔を算出した後,Wavelet周波数解析を行った。高周波数帯域は一般によく用いられる0.15-0.4 Hzに加えて,運動中に呼吸数が増加することを考慮し,0.15-1.0 Hzの周波数帯域についても解析した。さらに,別日に8名を対象とし,心拍数140 bpmレベルで定常運動中に副交感神経遮断薬である硫酸アトロピンを静脈内投与し,心臓迷走神経活動への影響を検証した。
【結果】
PP間隔およびRR間隔変動周波数解析によって得られた高周波成分は心拍数100 bpmでは両者に有意な差はなかったが,120,140bpmではPP間隔変動が有意に高値を示した。また,120,140bpmではPP間隔変動の0.15-1.0Hzの高周波成分が0.15-0.4Hzに比べて,有意に高値を示した。さらに,140 bpmで定常運動中にアトロピンを投与すると,心拍数は約10 bpm増加し,PP間隔変動の高周波成分は有意に減少した。
【考察】
心拍数120,140 bpmではPP間隔変動の高周波成分がRR間隔変動より有意に高値を示したことから,心拍数120 bpm以上においても心臓迷走神経活動が完全に抑制されていないことを示唆する。さらに,心拍数140 bpmで運動中に副交感神経遮断薬であるアトロピン投与によって,心拍数が増加し,PP間隔変動高周波成分が低下したことは,心臓迷走神経活動が残存していることを裏付ける。また,従来のRR間隔変動周波数解析によって得られた高周波成分は心臓迷走神経活動を反映する指標としては妥当ではなく,さらに,一般によく用いられる0.15-0.4Hzの高周波数帯域では運動中の呼吸数増加に対応できないことが明らかとなった。
【理学療法学研究としての意義】
心拍数を指標に運動を処方する機会は多い。したがって,心拍数がどのように調節されているかという理解や新たな知見は理学療法士にとっても重要であると考える。