第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

セレクション 口述14

地域理学療法

2015年6月7日(日) 08:30 〜 09:30 第6会場 (ホールD7)

座長:小林規彦(専門学校社会医学技術学院 理学療法学科)

[O-0638] 地域在住高齢者における咳嗽力の実態調査

咳嗽力と呼吸機能,運動機能,口腔嚥下機能の関連

鈴木あかり1,2, 金子秀雄2 (1.高木病院リハビリテーション部, 2.国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科)

キーワード:地域在住高齢者, 咳嗽, 実態調査

【はじめに,目的】高齢者に多い誤嚥性肺炎の予防には,口腔ケアに加え,誤嚥物の喀出能力である咳嗽力を保つことが重要である。咳嗽力は咳嗽時最大呼気流量(CPF)が指標となり,自己排痰には240L/min以上のCPFが必要であるとされている。咳嗽力の低下は,誤嚥性肺炎の発症リスクを高めるため,咳嗽力を保つことが必要となるが,地域在住高齢者の咳嗽力がどの程度保たれているか,また,咳嗽力と呼吸機能,運動機能,口腔嚥下機能にどのような関連があるのか明らかではない。そこで,本研究は地域在住高齢者の咳嗽力の実態の把握とその関連因子について分析することを目的とした。
【方法】対象は地域在住で介護予防事業(一次予防事業)に参加している65歳以上かつ歩行が自立している高齢者114名(男性31名,女性83名,平均年齢78±6歳)とした。なお,測定不可能な者は除外した。測定項目は,咳嗽力としてCPF,呼吸機能として努力性肺活量(FVC),最大吸気口腔内圧(MIP),最大呼気口腔内圧(MEP),胸腹部可動性を測定した。CPFはピークフローメータを用い,最大吸気から最大呼出を指示した。FVCはスパイロメータを用い,最大吸気から最大呼出を指示した。MIP,MEPは口腔内圧計を用い,最大呼気(呼気)から最大吸気(呼気)を3秒間維持するよう指示した。CPF,FVC,MIP,MEPの測定は各3回行い,最大値を採用した。胸腹部可動性は呼吸運動評価スケールを用いて,上部胸郭・下部胸郭・腹部における深呼吸時の胸腹部呼吸運動の大きさをそれぞれ9段階スケール(0~8)で表した。胸腹部呼吸運動の大きさは呼吸運動測定器を用いて測定した。測定は3区分(上部・下部胸郭は右側のみ)を各2回行い,各区分の最大値を合計した値を胸腹部可動性の指標として用いた。運動機能として,30秒椅子立ち上がりテスト(CS-30),Timed up and go test(TUG)を実施した。CS-30は中谷らの方法に準じて実施し,測定は1回とした。TUGは島田らの方法に準じて実施した。測定は2回実施し,最大値を採用した。口腔機能テストはオーラル・ディアドコキネシスを実施した。口腔機能測定器を用い,5秒間での「パ」,「タ」,「カ」それぞれの発声回数が一音でも4回未満を口腔機能低下とした。嚥下機能テストは反復唾液嚥下テストを実施し,30秒間の嚥下回数が3回未満を嚥下機能低下とした。分析は対象者をCPF240L/min未満群(低下群),CPF240L/min以上群(維持群)に分け,2群の比較にχ2検定,対応のないt検定,Mann-Whitneyの検定を用いた。加えて,2群(低下群,維持群)を従属変数,その他の項目を独立変数とし,年齢,身長,体重を統制した多重ロジスティック回帰分析を行なった。有意水準は5%とした。
【結果】対象者のうち,低下群は22名(19%),維持群は92名(81%)であり,平均CPFはそれぞれ195L/min,337L/minであった。低下群と維持群の比較の結果,FVC(低下群1.7L,維持群2.3L),MIP(低下群33.5 cmH2O,維持群48.7cmH2O),MEP(低下群54.2cmH2O,維持群71.4 cmH2O),CS-30の起立回数(低下群12.1回,維持群16.3回),胸腹部可動性(低下群10,維持群12)は低下群で有意に低く,TUGの所要時間(低下群10.2秒,維持群7.8秒)は低下群で有意に延長していた。嚥下機能低下者数(低下群4名,維持群3名)は低下群で有意に多かったが,口腔機能低下者数(低下群2名,維持群15名)に有意差はなかった。多重ロジスティック回帰分析の結果,CPFの有意な予測因子はFVC(オッズ比4.19)とCS-30の起立回数(オッズ比1.25)であった。
【考察】今回対象とした地域在住高齢者において,19%の高齢者が低下群となり,呼吸機能,運動機能,嚥下機能は維持群より有意に低下していた。多重ロジスティック回帰分析では,CPFの有意な予測因子としてFVCとCS-30の起立回数が選択されたことから,今回対象とした地域在住高齢者のCPFはFVCと起立能力に関連していることが分かった。地域在住高齢者が咳嗽力を保つためには,呼吸機能であるFVCだけではなく,下肢筋力を中心とする運動機能を保つことが重要であることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】地域在住高齢者の咳嗽力がFVCと起立能力に関連することを示した本研究は,地域在住高齢者の肺炎予防,健康増進に役立つ基礎資料になると考える。