第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述88

変形性膝関節症1

2015年6月7日(日) 08:30 〜 09:30 第10会場 (ガラス棟 G602)

座長:森口晃一(恩賜財団 済生会八幡総合病院 診療技術部リハビリテーション技術科)

[O-0659] 変形性膝関節症患者の椅子からの立ち上がり動作はいかなる関節運動の協調性により成り立っているか

阿南雅也1, 新小田幸一1, 高橋真1, 谷本研二2, 服部宏香3, 脇本祥夫4, 井原拓哉2, 木藤伸宏5 (1.広島大学大学院医歯薬保健学研究院応用生命科学部門, 2.広島大学大学院医歯薬保健学研究科保健学専攻博士課程後期, 3.倉敷平成病院, 4.緑井整形外科人工関節センター, 5.広島国際大学総合リハビリテーション学部)

キーワード:変形性膝関節症, 椅子からの立ち上がり動作, Uncontrolled Manifold解析

【はじめに,目的】
変形性膝関節症(knee osteoarthritis:以下,膝OA)は生物学的要因と力学的要因により関節構成体の変化や膝関節痛が起こり,機能障害として膝関節可動域制限や膝伸展筋力低下が生じ,日常生活を送るうえで多くの動作能力が障害される。また,膝OA患者は下肢筋のスティフネスや共同収縮が増大するとの報告もあり,歩行時の共同収縮は膝関節安定性を高める一方で,正常な膝関節運動が阻害され,関節面への圧縮力を高めているとも言われている。ある特定のタスクを実現するための各関節角度や各筋活動量の組み合わせは無数にあり,さらにタスクの多数は多くの自由度を制御しなければならない。よってタスクを達成するためにはシナジーの利用,すなわち各部位の自由度の冗長性を基にした協調性が重要であり,椅子からの立ち上がり動作(sit-to-stand:以下,STS)においても自由度の冗長性である多数の組み合わせを必要とする。しかし,膝OA患者におけるSTS時の関節運動の協調性を検討した研究は渉猟する限り見当たらない。
そこで本研究では,Uncontrolled Manifold(UCM)解析を用いてSTSのタスク達成に必要な関節運動の協調性の定量的評価により,膝OAによりSTS時の関節運動の協調性がどのように変化するかを検討することを目的として行った結果,幾つかの知見を得たので報告する。
【方法】
被験者は膝OAの診断を受けた女性28人(平均年齢70.3±3.8歳)の膝OA群および,膝OA群と同等の属性をもつ健常な女性28人(平均年齢69.5±4.1歳)の対照群であった。課題動作は下腿長の高さの座面高をもつ椅子からのSTSとし,動作スピードを被験者の感じる快適スピードとして,5回試行した。STS中の運動学データは赤外線反射マーカーを身体各標点に貼付し,赤外線カメラ6台からなる三次元動作解析システムVicon MXを用いて取得した。同時に床反力計2基の上に椅子を載せ,殿部離床の瞬間を定義した。得られたデータを基にBodyBuilderを使用して,身体重心,セグメント角度を算出し,数値解析ソフトウェアMatLab R2014aを用いて,要素変数であるセグメント角度の変化とタスク変数である身体重心の変化をヤコビ行列にて関係式を算出した。そしてUCMの線形近似を行い,タスク達成に影響を及ぼさない良い変動(以下,VUCM)と影響を及ぼす悪い変動(以下,VORT),それらの差分を全体の分散で除した相対値である関節運動の協調性(以下,⊿V)を,それぞれ進行方向と鉛直方向に分けて算出した。また,各セグメントの分散も算出した。時間的パラメータは動作開始から動作終了までを100%に正規化を行い,殿部離床時を50%とし,各10%の平均値を採用した。なお,両側OA者は重度の側を罹患側とした。統計学的解析には統計ソフトウェアSPSS Ver.17.0Jを用い,膝OA群と対照群との比較には対応のないt検定を用いた。なお,有意水準は5%未満とした。
【結果】
膝OA群において,動作時間の60~80%の進行方向のVUCMおよび鉛直方向のVORT,鉛直方向のVUCMは対照群と比較して有意に低値を示した。しかし進行方向および鉛直方向の⊿Vは両群間に有意な差が認められなかった。両群とも60~80%においては鉛直方向の⊿Vがゼロに近づいていた。また膝OA群において,動作時間の60~70%の罹患側の大腿セグメントの分散は,対照群と比較して有意に低値を示した。
【考察】
STSの60~80%は殿部離床後に身体重心の前方移動の制動と上方移動の推進の両方が要求される時期である。両群ともにこの時期の鉛直方向の⊿Vがゼロに近づいていたことから,鉛直方向の協調性を減じ,対照的に水平方向の身体重心安定化要求を高めて身体重心を制御していると考えられる。また膝OA群は対照群と比較して,進行方向のよい変動を減らし,さらに鉛直方向のよい変動と悪い変動の両方を減じ,罹患側の大腿部の分散が減じていた。このことから膝OA患者は大腿部のタスクの試行間の変動を小さくしており,結果として大腿部の自由度を減じたパターンにてタスクを遂行していることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究により,UCM解析を用いて膝OA患者におけるSTS時の関節運動の協調性を定量的に示し,膝OA患者は大腿部を特定のパターンでしか制御できないことを明らかにした。このことが膝OAの病態進行および新たな評価・治療へと発展する可能性をもつ。