第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述92

予防理学療法8

Sun. Jun 7, 2015 9:40 AM - 10:40 AM 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:浦辺幸夫(広島大学大学院 医歯薬保健学研究院)

[O-0690] 高齢者における膝屈曲可動域制限の有無による大腿四頭筋の弾性率の違い

せん断波エラストグラフィーによる検討

池添冬芽1, 小林拓也1, 川崎詩歩未2, 市橋則明1 (1.京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻, 2.京都大学医学部人間健康科学科)

Keywords:大腿四頭筋, せん断波エラストグラフィー, 関節可動域制限

【はじめに,目的】
大腿四頭筋,特に大腿直筋を伸張させる目的として,股関節伸展位で膝関節を屈曲する方法がよく用いられる。しかし,膝関節を屈曲したときの大腿四頭筋の伸張の程度を若年者と高齢者とで比較した研究は見当たらない。これまでヒト骨格筋において実際に筋が伸長されているかどうかを調べた研究がないのは,個別の筋の伸張の程度を非侵襲的に評価する手段がなかったことが理由として挙げられるが,近年開発された超音波診断装置のせん断波エラストグラフィー機能を用いた弾性率によって,個別の筋の伸張の程度あるいは筋長の変化を評価することが可能となった。大腿四頭筋は膝伸展位では“たるみ(slack)”があるが,膝屈曲に伴い,このslackが消失して筋長が変化する。そのためslackが消失して筋長が変化するときの膝屈曲角度は,弾性率が変化するときの膝屈曲角度と同程度になると考える。
そこで本研究では若年者および高齢者を対象に,せん断波エラストグラフィー機能により股関節伸展位で膝関節を屈曲したときの大腿四頭筋の弾性率を評価し,健常若年者と健常高齢者および関節可動域低下がみられる高齢者との間で,大腿四頭筋の筋長が変化する膝屈曲角度に違いはみられるのか,膝関節を屈曲したときの大腿直筋の伸張の程度に違いはみられるのかについて検討した。
【方法】
対象は高齢女性15名(平均年齢84.8±7.1歳)および若年女性12名(平均年齢21.4±0.9歳)とした。なお,測定に大きな影響を及ぼすほどの重度の筋骨格系障害を有する者は対象から除外した。
超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)を用いてせん断波エラストグラフィー機能により大腿直筋と外側広筋の弾性率(kPa)を測定した。なお弾性率は高いほど筋が伸張されていることを意味している。弾性率は背臥位・股関節伸展0度位にて膝関節を0・20・40・60・80・100度屈曲させた6条件でそれぞれ測定した。
関節可動域として腹臥位,股関節伸展0度位における他動的な膝関節最大屈曲角度を測定した。得られた膝屈曲可動域をもとに高齢者を125度以上の可動域を有する高齢健常群(7名)と屈曲可動域が120度以下である高齢ROM低下群(8名)とに分類した。
統計解析について,筋長が変化する膝屈曲角度を調べるために,膝屈曲角度による弾性率の違いを多重比較(Bonfferoni法)によって分析した。また,膝関節屈曲時の大腿直筋の伸張の程度を比較するために,多重比較(Bonfferoni法)を用いて膝屈曲100度における大腿直筋の弾性率を3群間で比較した。
【結果】
若年群において,大腿直筋の弾性率は膝屈曲0度と比較して膝屈曲80度および100度で有意に高い値を示したが,外側広筋では膝屈曲角度による違いはみられなかった。高齢健常群において,大腿直筋では膝屈曲0度と比較して膝屈曲80度および100度で有意に高い値を示したが,外側広筋では膝屈曲角度による違いはみられなかった。高齢ROM低下群において,大腿直筋では膝屈曲0度と比較して膝屈曲100度のみ有意に高い値を示し,外側広筋では膝屈曲角度による違いはみられなかった。
膝屈曲100度における大腿直筋の弾性率は,若年群と比較して高齢ROM低下群では有意に低い値を示し,高齢ROM低下群と高齢健常群との間では有意差はみられなかった。
【考察】
本研究の結果,股関節伸展位で膝関節を屈曲していくと,若年群および高齢健常群では膝屈曲80度以上で大腿直筋の弾性率が増加したことから,膝屈曲80度でslackが消失して筋長が変化することが示唆された。一方,高齢ROM低下群においては,膝屈曲100度のみ弾性率は増加したことから,関節可動域低下がある高齢者の大腿直筋ではslackが多く,膝屈曲100度以上の深屈曲位にしないと筋長は変化しないことが示唆された。また,単関節筋の外側広筋の弾性率では3群いずれも膝屈曲角度による変化はみられなかったことから,膝屈曲100度でも外側広筋の筋長は変化しないと考えられた。また,膝屈曲100度における大腿直筋の弾性率は,若年群と比較して高齢ROM低下群では低い値を示したことから,関節可動域低下があるからといって,膝屈曲時に筋がより伸張されているわけではなく,むしろ若年者と比較すると筋は伸張されていないことが示された。以上の結果から,高齢ROM低下群における関節可動域制限の原因は筋長が短くなっていることではない,すなわち筋の短縮ではない可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
股関節伸展位での膝関節屈曲可動域制限がある高齢者において,この可動域制限因子は筋の短縮ではない可能性が示唆された。