[O-0727] ミラーセラピーにおける視覚と体性感覚の運動錯覚生成に及ぼす効果
Keywords:ミラーセラピー, 運動錯覚, 身体表象
【はじめに,目的】
脳卒中後の運動障害や切断後幻肢痛などの臨床症状に対しミラーセラピー(MT)がしばしば用いられる。MTの効果機序については,同側一次運動野を中心とした運動関連領域の活動性の向上や皮質脊髄路の興奮性の増大など,運動系機能の変化を示した報告があるが,その背景にあるメカニズムは不明である。MTは健常側上肢の動きを鏡に映し誘発される体性感覚(運動錯覚)を利用した治療介入法であることから,我々はその効果機序の中核にMTによる運動錯覚があるのではないかと推測する。今回我々は,健側手の動きを映すミラーイメージ(鏡像)または予め手の動きを撮影した動画(映像)を用いることにより,MTにおける視覚ならびに体性感覚の運動錯覚生成に及ぼす効果を検証した。
【方法】
対象者は右利き健常人32名とし,単純課題鏡像群(以下,単純鏡像群),単純課題映像群(以下,単純映像群),複雑課題鏡像群(以下,複雑鏡像群),複雑課題映像群(以下,複雑映像群)の4群に無作為に8名ずつ振り分けた。単純および複雑鏡像群にはロングライト社製ミラーボックスを使用し,それぞれ以下の課題を実施した。単純課題:左手をミラーで隠し右手の握り開きを一定のリズム(1Hz)で1分間実施する。複雑課題:左手をミラーで隠し右手で直径3cmの2つのプラスチックボールを1分間回転させる。
単純および複雑映像群には予め鏡像群と同じ課題を録画した映像を,Apple社製iPad(以下,タブレット)を用いて再生した。その際タブレットをミラー群同様に対象者の左手に重なるよう設置し観察させた。映像は被験者とは異なる第三者の右手を用い作成した。この際,男女別に撮影し,被験者の性別に合わせ使用した。
全ての被験者には左手は動かさないこと,課題中に運動感覚を想起しながら実施することのみ事前に指示した。それぞれの課題終了後に,課題遂行中の鏡またはタブレットにおける手の動きがどの程度自身の左手の動きとして感じられるか質問した。回答はNumeric Rating Scale(以下,NRS)を使用し評価した。
これら4群の各課題におけるNRS平均値を求め,それぞれ一元配置分散分析と多重比較検定を行った。有意水準は5%未満とした。
【結果】
運動錯覚の強度を表すNRSの平均値はそれぞれ単純鏡像群5.1±1.5,単純映像群5.3±1.4,複雑鏡像群5.6±2.1,複雑映像群3.0±0.7となり,複雑映像群と他3群間においてそれぞれ有意差が認められた(p<.05)。
【考察】
今回の結果は,複雑映像群においてのみ有意に運動錯覚の強度が低いことを示した。単純映像群と各鏡像群との間に運動錯覚強度の差が認められなかったことは,運動錯覚の強度には運動身体に伴うミラー同側半球への体性感覚入力が必ずしも必要でないことを示している。このことから,ミラー同側半球から対側半球への体性感覚情報の転移はミラー側手指の運動錯覚に必須でないことが示唆される。また映像群は被験者自身が観察する手の運動が第三者のものと知っており,MTの運動錯覚の生成には観察する身体部位の所有者が自己である必要はなく,被験者が想定する自己身体部位と実際に観察される身体部位とが空間的に重なることが重要であることも示唆される。前述したとおり,今回の結果では複雑映像群のみ運動錯覚強度が有意に低値を示した。Blackmoreらは,運動主体感は運動結果の予測と運動に付随する感覚フィードバックが一致することにより起こるとしている。今回の課題は両課題共に被験者の左手から起こる感覚フィードバックが,さらに映像群では右手の運動に伴う脳への体性感覚入力も欠如している。単純課題はリズム課題で運動自体も日常行われるものであり,経験(既に構築された内部モデル)から運動感覚を容易にイメージできるのに対し,複雑課題は日常行うことが少ない課題で,細かな手指の運動感覚の想起が困難となり,運動錯覚(運動主体感)が十分に生成されなかったと考える。一方,鏡像課題は右手運動に伴う脳への体性感覚入力が何らかの機序を介して左手運動の感覚想起を比較的容易に行わせ,複雑課題においても運動錯覚が強く出現したと考察する。鏡像または映像を用いた視覚依存性の運動錯覚の誘発には,MTの前提となる実際の身体部位と観察する身体イメージとの空間的重なりに加え,視覚的に認知される身体運動に対する感覚想起(身体運動表象)の精度が重要であるかもしれない。
【理学療法学研究としての意義】
今回の結果は,運動障害や疼痛に対するミラーセラピーをはじめとした身体表象の形成に関わる治療介入法をより効果的なものとするための基礎情報を提示するものである。
脳卒中後の運動障害や切断後幻肢痛などの臨床症状に対しミラーセラピー(MT)がしばしば用いられる。MTの効果機序については,同側一次運動野を中心とした運動関連領域の活動性の向上や皮質脊髄路の興奮性の増大など,運動系機能の変化を示した報告があるが,その背景にあるメカニズムは不明である。MTは健常側上肢の動きを鏡に映し誘発される体性感覚(運動錯覚)を利用した治療介入法であることから,我々はその効果機序の中核にMTによる運動錯覚があるのではないかと推測する。今回我々は,健側手の動きを映すミラーイメージ(鏡像)または予め手の動きを撮影した動画(映像)を用いることにより,MTにおける視覚ならびに体性感覚の運動錯覚生成に及ぼす効果を検証した。
【方法】
対象者は右利き健常人32名とし,単純課題鏡像群(以下,単純鏡像群),単純課題映像群(以下,単純映像群),複雑課題鏡像群(以下,複雑鏡像群),複雑課題映像群(以下,複雑映像群)の4群に無作為に8名ずつ振り分けた。単純および複雑鏡像群にはロングライト社製ミラーボックスを使用し,それぞれ以下の課題を実施した。単純課題:左手をミラーで隠し右手の握り開きを一定のリズム(1Hz)で1分間実施する。複雑課題:左手をミラーで隠し右手で直径3cmの2つのプラスチックボールを1分間回転させる。
単純および複雑映像群には予め鏡像群と同じ課題を録画した映像を,Apple社製iPad(以下,タブレット)を用いて再生した。その際タブレットをミラー群同様に対象者の左手に重なるよう設置し観察させた。映像は被験者とは異なる第三者の右手を用い作成した。この際,男女別に撮影し,被験者の性別に合わせ使用した。
全ての被験者には左手は動かさないこと,課題中に運動感覚を想起しながら実施することのみ事前に指示した。それぞれの課題終了後に,課題遂行中の鏡またはタブレットにおける手の動きがどの程度自身の左手の動きとして感じられるか質問した。回答はNumeric Rating Scale(以下,NRS)を使用し評価した。
これら4群の各課題におけるNRS平均値を求め,それぞれ一元配置分散分析と多重比較検定を行った。有意水準は5%未満とした。
【結果】
運動錯覚の強度を表すNRSの平均値はそれぞれ単純鏡像群5.1±1.5,単純映像群5.3±1.4,複雑鏡像群5.6±2.1,複雑映像群3.0±0.7となり,複雑映像群と他3群間においてそれぞれ有意差が認められた(p<.05)。
【考察】
今回の結果は,複雑映像群においてのみ有意に運動錯覚の強度が低いことを示した。単純映像群と各鏡像群との間に運動錯覚強度の差が認められなかったことは,運動錯覚の強度には運動身体に伴うミラー同側半球への体性感覚入力が必ずしも必要でないことを示している。このことから,ミラー同側半球から対側半球への体性感覚情報の転移はミラー側手指の運動錯覚に必須でないことが示唆される。また映像群は被験者自身が観察する手の運動が第三者のものと知っており,MTの運動錯覚の生成には観察する身体部位の所有者が自己である必要はなく,被験者が想定する自己身体部位と実際に観察される身体部位とが空間的に重なることが重要であることも示唆される。前述したとおり,今回の結果では複雑映像群のみ運動錯覚強度が有意に低値を示した。Blackmoreらは,運動主体感は運動結果の予測と運動に付随する感覚フィードバックが一致することにより起こるとしている。今回の課題は両課題共に被験者の左手から起こる感覚フィードバックが,さらに映像群では右手の運動に伴う脳への体性感覚入力も欠如している。単純課題はリズム課題で運動自体も日常行われるものであり,経験(既に構築された内部モデル)から運動感覚を容易にイメージできるのに対し,複雑課題は日常行うことが少ない課題で,細かな手指の運動感覚の想起が困難となり,運動錯覚(運動主体感)が十分に生成されなかったと考える。一方,鏡像課題は右手運動に伴う脳への体性感覚入力が何らかの機序を介して左手運動の感覚想起を比較的容易に行わせ,複雑課題においても運動錯覚が強く出現したと考察する。鏡像または映像を用いた視覚依存性の運動錯覚の誘発には,MTの前提となる実際の身体部位と観察する身体イメージとの空間的重なりに加え,視覚的に認知される身体運動に対する感覚想起(身体運動表象)の精度が重要であるかもしれない。
【理学療法学研究としての意義】
今回の結果は,運動障害や疼痛に対するミラーセラピーをはじめとした身体表象の形成に関わる治療介入法をより効果的なものとするための基礎情報を提示するものである。