第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述102

脊髄損傷理学療法

Sun. Jun 7, 2015 10:50 AM - 11:50 AM 第12会場 (ガラス棟 G701)

座長:信太奈美(首都大学東京健康福祉学部理学療法学科)

[O-0755] Halo-Vest除去直前・直後の胸髄不全損傷者における姿勢制御の変化

周波数解析による検討とHalo-Vest装着患者への理学療法の再考

宮下創, 羽田晋也 (独立行政法人地域医療機能推進機構星ヶ丘医療センター)

Keywords:胸髄不全損傷, 姿勢制御, 周波数解析

【はじめに,目的】
姿勢制御における視覚,体性感覚,前庭感覚からの入力情報の貢献は過去の研究により確立されており,姿勢制御においてどの感覚系への依存が強くなり重心動揺として表現されるのかを評価することが重要である。近年,重心動揺検査に周波数解析を用いた報告が散見される。先行研究では,周波数帯域を区分することで姿勢制御における情報を得ることができ(Nagy. 2004),パワースペクトル密度を算出することで,各疾患で特徴的な周波数が認められるとの報告もある(Suzuki. 1996)。脊髄不全損傷者を対象とした研究では,健常者と比較して全ての周波数帯域で高い値を示すと報告されている(Lee. 2012)。また,Halo-Vest(以下,HV)装着が姿勢制御に及ぼす影響を検討した報告はあるが(Sasaki. 2004),脊髄損傷者のHVを除去する直前と直後(以下,直前・直後)の姿勢制御を検討した報告は見当たらない。
本研究の目的は,HVを装着した胸髄不全損傷者を対象に,直前・直後の周波数解析を用いて姿勢制御の変化を検討し,HV装着患者への理学療法について再考することである。
【方法】
対象は,Th3-4骨折,C1-2骨折による胸髄不全麻痺を呈した10歳代男性である。受傷当日にHVを装着し,受傷2ヶ月後に当院へ入院した。受傷3ヶ月後にHVは除去された。当院入院から退院までの経過は,ASIA機能障害評価の下肢運動スコアは39から49,改良Frankel分類はD0(D1)からE,Walking Index for Spinal Cord InjuryIIはLevel 4から20,Timed Up and Go testは45.87秒から5.70秒へと改善し,受傷4ヶ月後に独歩自立し退院となる。
評価は直前と直後の2回実施した。Center of Pressure(COP)の測定は,重心動揺計(ANIMA社製)を用い,サンプリング間隔100msec,開眼静止立位にて30秒間実施した。得られたデータより総軌跡長,矩形面積を算出した。またExcelを用いて高速フーリエ変換法によるスペクトル解析を行った。周波数帯域区分は先行研究より0-0.1Hz,0.1-0.5Hz,0.5-1Hz,1-3Hzの4帯域に区分し,左右方向(以下,X軸)のパワースペクトル密度を算出した。
【結果】
結果は直前・直後の順に,総軌跡長は63.09・64.19,矩形面積は10.63・8.86であった。各周波数帯域のパワースペクトル密度は,0-0.1Hzは130.93・191.62,0.1-0.5Hzは114.38・59.83,0.5-1Hzは56.66・52.76,1-3Hzは38.74・27.79であった。
【考察】
各周波数帯域のパワースペクトル密度の先行研究による解釈は,0-0.1Hzは視覚,0.1-0.5Hzは前庭感覚,0.5-1Hzは体性感覚,1-3Hzは固有感覚の制御が優位になると報告されており(Nagy. 2004, Lee. 2012),X軸は視覚や前庭系の立ち直り反射の働きに依存するとの報告がある(Tokita. 2007)。また,脊髄損傷者は潜在的に視覚入力への依存が増加すると報告されている(Lemay. 2013)。結果は,総軌跡長は大きな変化はなく,矩形面積は直後に減少した。0-0.1Hzは直後に増加,0.1-0.5Hzと1-3Hzは直後に減少した。0.5-1Hzは大きな変化を認めなかった。
以上より,周波数解析では直後で視覚制御の増加と前庭感覚および固有感覚制御の減少を示したことで,重心動揺パラメーターでの身体動揺は減少したが動揺距離に変化はなく,固定的な姿勢制御となったと考える。
HVの除去により,頚部は運動制限から解放され,直後には前庭感覚制御が増加することが考えられたが異なる結果となった。HVを除去した直後の患者の訴えとして「頭が重い,頚が痛い,疲れる」などがよく聴取される。頚部筋疲労が視覚代償を高める可能性があるとする報告や(Vuillerme. 2005),頚部筋は多数の運動ニューロンの入力を受け易く,この部の筋緊張異常によって平衡反応に影響するとも言われている(Hiraki. 1991)。また,慢性頚部痛患者は,立位バランスの低下および後頭下筋群(以下,SOM)の萎縮に脂肪浸潤が伴い,SOMは高密度に固有受容器を有するため萎縮により固有感覚出力は減少すると報告している(McPartland. 1997)。対象はC1-2を骨折し,HVを装着していたためSOMの萎縮もあったと考えた。そして,HV除去直後は頭頸部の不安定性から固定が強まり,萎縮したSOMの過緊張,筋疲労,疼痛を惹起させ視覚制御が増加し,前庭感覚および固有感覚制御が減少したと推察する。
したがって,HV装着患者に対しては,装着中から頚部筋,特にSOMをターゲットに姿勢制御への影響を考慮したアプローチを実施することで除去後の影響を軽減できると考える。
【理学療法学研究としての意義】
重心動揺パラメーターに周波数解析を加えることで症例の姿勢制御を詳細に評価できると考えられる。今回は一症例での検討であり,今後症例数を増やし検討を行っていく必要がある。