第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述109

人体構造・機能情報学3

2015年6月7日(日) 13:10 〜 14:10 第7会場 (ホールD5)

座長:坂本淳哉(長崎大学病院 リハビリテーション部)

[O-0812] 間欠的な温熱刺激を用いたヒト軟骨細胞による関節軟骨基質生成の試み

―三次元培養を用いたin vitro研究―

伊藤明良1,3, 太治野純一1, 長井桃子1, 山口将希1, 飯島弘貴1, 張項凱1, 喜屋武弥1, 青山朋樹2, 黒木裕士1 (1.京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能解析学, 2.京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻運動機能開発学, 3.日本学術振興会)

キーワード:関節軟骨, 温熱刺激, 再生

【はじめに,目的】
関節軟骨は自己再生能が低いことから,その再生を実現するために再生医療分野において学際的な研究がなされてきた。しかしながら,細胞移植治療術前・後におけるリハビリテーション介入の有効性・安全性に関する研究はまだ始まったばかりといえる。すでに自家培養軟骨細胞製品が保険適用となり臨床で実践されているため,早急に関節軟骨再生治療におけるリハビリテーションを確立させることが求められている。これまで我々は,膝関節内温度付近である32℃から37℃程度まで持続的に温めることで軟骨細胞外基質(extracellular matrix:ECM)生成が促進されることを報告してきたが,臨床において持続的な関節内温度調整は技術的に困難であることが想定された。そこで我々は,間欠的な温熱刺激が移植された軟骨細胞を刺激し,関節軟骨の再生を促進し得るのではないかと着想した。本研究ではその基礎的な知見を得るため,間欠的な温熱刺激がヒト軟骨細胞によるECM生成に与える影響を明らかにすることを目的として実験を行った。
【方法】
大腿骨頭置換術時に摘出されたヒト関節軟骨(89歳,女性,International Cartilage Repair Society grade 0)より軟骨細胞を単離し,ペレット培養法を用いた三次元培養下においてECM生成能を評価した。実験条件は,平常膝関節内温度付近の32℃で培養する群(32℃群),32℃での培養中に温熱刺激を与える群(32℃+温熱群),深部体温付近の37℃で培養する群(37℃群)の3群を設け,21日間培養した。温熱刺激は41℃のCO2インキュベーター内に1日20分間,週6回静置することで実施した。温熱刺激による培養液中の温度は5分毎に測定した。ECM生成能を評価するため,湿重量測定,サフラニンO染色,ピクロシリウスレッド染色およびII型コラーゲンの免疫化学染色を実施し,さらに,コラーゲン量とアグリカン量をhydroxyproline assayおよび1,9-dimethylmethylen blue assayにて定量解析した。ペレット内細胞数の推定にはPicoGreen assayを用いてDNA量を定量解析した。温熱刺激によるHSP70(heat shock protein 70)およびECM関連遺伝子(II型コラーゲン,I型コラーゲン,アグリカン,COMP[cartilage oligomeric matrix protei,SOX9[SRY(sex-determining region Y)-box 9])の発現動態を明らかにするため,温熱刺激から0,1,6,24時間後に総RNAを抽出し,リアルタイムPCRを用いて解析した。
【結果】
培養液中の温度は,温熱刺激開始後5分で37.1℃,10分で39.3℃,15分で40.2℃,20分で40.7℃であった。ペレットの湿重量は,37℃群で有意に重く(P<0.01),32℃群と32℃+温熱群の間には有意な差は認められなかった。コラーゲンの評価では,37℃群で最も生成され,続いて32℃群,32℃+温熱群の順であった。アグリカンの評価では,37℃群で最も生成され,32℃群と32℃+温熱群の間には顕著な差は認められなかった。DNA量は32℃+温熱群で他群と比較して有意に少なかった(P<0.01)。温熱刺激による遺伝子発現変化を経時的に解析したところ,HSP70は刺激後1時間で発現が上昇してピークを示し,24時間後には刺激前のレベルに戻った。ECM関連遺伝子の発現はほとんど変化を示さず,37℃群よりも低いレベルで推移した。
【考察】
本実験条件においては,間欠的な温熱刺激によるECM生成の促進効果は認められなかった。コラーゲン定量やDNA定量の結果から,むしろコラーゲン生成の抑制や,細胞数を低下させてしまう可能性が示唆された。単層培養条件下や実験モデル動物を用いた研究では,間欠的な温熱刺激がアグリカンの増生を引き起こすことや,その増生がHSP70と関連していることが報告されている。しかしながら,本研究では温熱刺激によるHSP70の発現上昇は認められたものの,ECM関連遺伝子の発現は変化しなかった。原因として使用する細胞の違い,培養方法の違い,刺激温度,刺激時間・頻度などの違いが想定される。今後さらに異なる実験条件を用いて検討していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,関節軟骨再生治療における温熱療法の基礎となる知見を示した。