第50回日本理学療法学術大会

講演情報

ポスター

ポスター1

脳損傷理学療法5

2015年6月5日(金) 11:20 〜 12:20 ポスター会場 (展示ホール)

[P1-A-0262] 中枢性疼痛による歩行障害に対し,脊髄電気刺激療法と理学療法により改善を認めた1例

松坂基博, 横山優子, 吉田卓矢 (独立行政法人地域医療機能推進機構神戸中央病院)

キーワード:脊髄電気刺激療法, 中枢性疼痛, 歩行能力

【はじめに,目的】
疼痛は,理学療法の適応となる患者にもっとも多くみられる臨床症状の一つである。諸家により疼痛に対する治療報告は数多く見受けられるが,中枢性疼痛に関してはまだ少ない。
今回,中枢性疼痛による歩行障害を呈する患者に脊髄電気刺激療法(以下SCS)を施行し,その後約2週間の理学療法を併用することにより,疼痛の改善と歩行能力の向上がみられたので報告する。

【方法】
症例は67歳男性で右半身に強い痺れ感と疼痛の訴えがあった。現病歴は,2006年X月に左被殻出血を発症し,右半身の不全麻痺が出現した。その後,長時間の歩行で右下肢優位にだるさを感じるようになり,2013年にL3~5の腰部脊柱管狭窄症(以下LCS)に対して手術を施行された。しかし,右下肢の痺れ・疼痛が改善しなかったため,2014年Y月にSCS目的にて当院へ入院された。
SCS前の評価では,歩容に関して右遊脚期は足関節背屈がみられず,摺り足となっており,右立脚期では接地時間の短縮と後期における蹴り出し時の底屈困難がみられ,T-Cane歩行は監視レベルであった。右下肢の運動麻痺は軽度であり,深部感覚障害は認めなかったが,右上下肢の痺れ・疼痛は強くみられ,Numeric Rating Scale(以下NRS)は,右足部から膝にかけて7,右股関節から上部体幹にかけて5~6,右上肢全体は6であった。MMTは右足関節背屈2,底屈2+,右膝伸展・屈曲3+,右母趾屈曲・伸展2であった。10m最大歩行速度は27秒,Timed up and go test(以下TUG)は20秒,連続歩行時間は平均5分であった。
SCS施行後,約2週間の理学療法介入では,歩行動作練習と右下肢を中心とした筋力増強運動を実施し,痺れ・疼痛の軽減とともに歩行能力の向上を図った。

【結果】
最終評価では歩容に関して,右遊脚期の振り出し時に足関節背屈がみられ,右立脚後期に蹴り出しが可能となったことから底屈運動がみられるようになり,T-Cane歩行は自立レベルとなった。SCS施行4日後まではNRSに差がなかったが,最終評価では右足部から膝にかけて4,右股関節から上部体幹にかけて4,右上肢は全体にみられた痺れ・疼痛が,第2~5指のDIPからPIPにかけて3~4へ改善した。MMTは右足関節背屈3+,底屈3,右膝伸展・屈曲4,右母趾屈曲・伸展3へ向上した。10m最大歩行速度は10秒,TUGは10秒,連続歩行時間は平均15分へとそれぞれ改善を認めた。

【考察】
SCSによる疼痛抑制の作用機序については,脊髄に電気刺激を行うことで痛みの信号をブロックし,疼痛を緩和させるゲートコントロール理論やGABAという抑制系の神経伝達物質の放出などが報告されており,主に末梢性の神経因性疼痛や虚血性疼痛に効果があるとされている。また,SCS後しばらくしてから症状の緩和が得られるとされているが,これはSCSによる刺激開始当初は刺激を察知する閾値が低く,快適な範囲は狭いが,数日が経過すると脊髄後角の感受性が低下し,閾値が上昇することから快適な範囲が広がることによるといわれている。
今回の症例においても同様の経過がみられ,SCS直後の理学療法評価では,感覚障害はあまり変化がみられなかったものの,その後の経過では,SCSによる疼痛緩和の機序により感覚障害の改善がみられた。これに伴い運動耐容能が向上し,SCS前の評価では,練習時間は休憩を挟んでも20分が限度であったが,最終評価では40分間の練習が行えるようになった。
本症例のSCS施行前の状態は,脳出血による右半身の感覚障害とLCSによる下肢痛が合併しており,筋力低下と神経性間欠跛行を呈していた。このことから,長時間の外出が困難となり,日常生活に支障を来たしていたが,今回のSCS施行と理学療法の併用により,筋力の増強及び10m最大歩行速度,TUG,連続歩行時間が改善し,歩行能力の向上に繋がったと考える。

【理学療法学研究としての意義】
今回,中枢性疼痛を呈する症例に対し,SCS後の理学療法を実施する機会を得た。理学療法を併用する事で効果的に筋力や運動量の増加を図ることが可能となり,歩行能力の向上に繋がったと考える。
更に,痺れ・疼痛の感覚や筋力・運動機能の評価など患者の身体機能について,経時的な変化を客観的数値で記録することが可能であることからも,理学療法介入の意義があると思われる。
下肢の中枢性疼痛による歩行障害を呈した症例に対し,SCS後の理学療法を行った報告は多くないが,今回の症例により,SCSだけでなく理学療法を併用していく有効性が示唆されたと考える。