第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター1

身体運動学1

Fri. Jun 5, 2015 4:10 PM - 5:10 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P1-C-0098] 斜面歩行における関節負荷の検討

川田将之1, 木山良二2, 大渡昭彦2, 大重匡2, 前田哲男2 (1.医療法人仁風会日高病院, 2.鹿児島大学医学部保健学科理学療法学専攻)

Keywords:歩行, 関節反力, 変形性関節症

【はじめに,目的】理学療法において様々な環境に基づいたADL指導をする必要がある。動作中の関節への負荷を知ることは適切な動作指導において重要である。これまで,歩行中の関節への負荷は,平地歩行を対象としたものがほとんどである。しかし,歩行は平地だけでなく様々な環境で行う必要がある。その中で,斜面歩行はADLにて頻繁に行う動作であり,平地とは異なる関節負荷が予想される。臨床において,変形性関節症を呈する症例では,斜面歩行に努力を要する症例や,疼痛を訴える症例に接することが多い。関節への負荷を推察する指標としては,関節モーメントや関節反力がある。本研究の目的は,関節モーメント,関節反力を指標にして,健常人の斜面歩行における関節の負荷を明確にすることである。

【方法】対象は健常成人男性12名とした。平地および,3mの斜面(10°)を含む10mの歩行路での歩行を分析対象とした。平地歩行,斜面を昇る歩行,斜面を下る歩行を一定の歩行率(100step/min)にて5回ずつ計測を行った。計測には三次元動作解析装置(VICON MX),床反力計(Kistler,9286A)を用いた。内的関節モーメントと関節反力の算出には,筋骨格モデルシュミレーター(AnyBody 6.0)を用い,末梢のセグメントの座標系に従い算出した。関節反力は鉛直,左右,前後成分を合成したものとした。関節モーメントと関節反力は体重で正規化し,歩行周期におけるピーク値を比較した。なお今回は股関節と膝関節に着目し検討を行った。統計学的検定には反復測定の分散分析もしくはフリードマン検定を用い,必要な場合は多重比較も行った。有意水準は5%未満とした。

【結果】斜面の昇り歩行では,立脚初期の股関節伸展モーメントおよび膝関節伸展モーメントが平地歩行よりも有意に大きい値を示した。一方,斜面の下り歩行では,他の2条件に比べ,歩行周期を通じて股関節外転モーメント,膝関節伸展モーメントが有意に大きい値を示した。関節反力はいずれも2峰性を示した。股関節の関節反力の最大値は平地,斜面の昇り,下りの歩行でそれぞれ,3.42±0.64,3.62±0.67,3.92±0.46(BW,body weight)であり,下り歩行で有意に高い値を示した。同様に膝関節の関節反力の最大値はそれぞれ,4.41±0.54,4.26±0.88,5.51±0.80(BW)であり,股関節同様に下り歩行で高い値を示した。

【考察】関節モーメントの比較では,平地歩行に比べ立脚初期の股関節伸筋群と膝関節伸筋群への負荷が増加することが示された。これは,昇りでは立脚初期から重心を前上方に移動させるための推進力が必要であるためと考えられる。また,斜面の下り歩行では,歩行周期を通じて股関節外転筋群と膝関節伸筋群の負荷が,今回検討した3条件の歩行の中で最も大きかった。斜面の下り歩行では,立脚初期に接地の際の衝撃を吸収し,立脚後期では,重心の下方移動を抑制しながら膝関節を大きく屈曲する必要があることが,関節モーメントに影響したと考えられる。
関節反力の結果も同様に股関節,膝関節ともに下り斜面歩行で最も大きな値を示した。立脚後期における重心の下方移動の制動に股関節外転筋群と膝関節伸筋群の大きな出力が必要とされるため関節反力の増加が見られたと考えられる。股関節の検討では,平地歩行時の関節反力は体重の3~4倍であり,先行研究と類似した結果であった。一方,インプラントに内蔵したストレンゲージで膝関節の関節反力を計測した研究では,平地歩行時にかかる負荷は体重の約3倍と報告されている(Trepczynski, 2012)。今回の結果では,膝関節の関節反力がやや高い値を示した。関節反力の結果は,筋骨格モデルに用いられている様々なパラメータの影響を受けることが知られている。斜面歩行時の関節への負荷を明確にするためには,さらに検証をすすめる必要があると考えられる。
関節モーメント,関節反力の結果を反映して,股関節,膝関節ともに下り斜面歩行で最も大きな値を示し,関節への負荷が大きいことが示唆された。この結果は,変形性関節症を呈する症例では,下り斜面歩行で疼痛の訴えが大きいことと一致する。

【理学療法学研究としての意義】斜面歩行時の関節モーメントと関節反力の特徴を明らかにした。本研究の結果は,ADL指導を行うための基礎的な情報として意義があると考えられる。また,今回の方法を用い,他の様々な動作時の関節への負荷を定量化することは,ADL指導のみならず,関節負荷を考慮した運動療法を立案するための基礎情報として重要と考える。