第50回日本理学療法学術大会

Presentation information

ポスター

ポスター1

地域理学療法3

Fri. Jun 5, 2015 4:10 PM - 5:10 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P1-C-0304] 身体機能と心理面の関係性に関する一考察

~身体機能の改善に伴い不安が増減する2症例を経験して~

壹岐伸弥1, 大住倫弘2, 奥埜博之1 (1.摂南総合病院リハビリテーション科, 2.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター)

Keywords:心身機能, 心理面, 内省

【はじめに,目的】
心と身体は,極めて密接な関係にあることが明らかにされている(Schindler,2004)。しかし臨床現場では,身体機能が向上しているにも関わらず,不安が増大する症例を多く経験する。村上(2014)は,慢性疼痛の病態評価や治療のためには心身医学的視点からの配慮が重要であると述べているが,身体機能と心理面の関係の経時的変化について言及した報告はない。今回,身体機能と心理面が乖離している2症例を対象に,歩行機能評価と心理的評価を行い,比較検討した結果を以下に報告する。
【方法】
症例Aは,自転車で転倒し左大腿骨顆上骨折を受傷した70歳代の女性である。観血的内固定術を施行し,術施行後4週目より部分荷重を開始し10週目より全荷重での歩行訓練開始となった。片脚立位困難で跛行も認められていたが,本人の希望で10週目より病棟内歩行器歩行が自立となった。過去の職業はゴルフ場の受付や宅配業務であった。術後10週目での目標は独歩にて買い物に行くことであった。症例Bは,右橋延髄梗塞によるワレンベルグ症候群を呈した60歳代の女性である。発症から4週目には近監視レベルにて独歩が可能であったが,恐怖心強かったために病棟内では車椅子グリップを把持しての歩行となっていた。夫の逝去後は地域のボランティア団体の会長をされていた。発症4週目の目標は職場復帰であった。なお,2症例とも受傷前は独居で,日常生活動作は全て独歩にて自立レベルであり,長谷川式簡易知能評価スケールにて認知面の問題も認められなかった。入院中の2症例に対して,身体機能の評価には10m歩行試験,心理面の評価には一般性自己効力感尺度(Generalized Self-Efficacy Scale;GSES),不安,抑うつの評価(Hospital Anxiety and Depression;HADS),状態-特性不安尺度(Study of the State-Trait Anxiety Inventory;STAI)を用いた。それに加えて,「現在何に最も不安を感じているのか」という質問によって得られた内省を質的データとして聴取した。いずれのデータ測定も1週毎に実施し,合計4回の計測を行った。
【結果】
2症例とも,全ての時期において歩行率が向上した。症例Aに関して,GSESは8-10点で,術後11週目と比較して12週目で向上が認められたが,13週目で減少した。HADSとSTAIは,不安と抑うつの項目が10週目から14週目にかけて徐々に増大した。内省では,10週目には「歩けないことが不安」,11週目では「歩けない」・「買い物もしなくていい」,12週目では「ちょっとは良くなろうと思うけど,一向に良くならない」,13週目では「杖を使ってでもいいから歩きたい」・「うまく載った時は杖に頼っていないし軽い」・「スムーズに足が出る」というような経時的変化が認められた。症例Bに関して,GSESは13-15点で,発症4週目から6週目にかけて向上したが7週目で減少した。HADSとSTAIは,不安と抑うつの項目が4週目から6週目にかけて徐々に減少したが,7週目で不安と抑うつが増大した。内省では,4週目には「歩けないことが不安」,5週目では「まだまだ不安」・「少し自信がついた」・「身体が右に流れるのが減った」,6週目では「まだ歩くことが不安」・「転びそうだから」・「部屋の中の冷蔵庫まで歩くのがましになっている」,7週目では「熱があったり血圧が高かったりして不安」・「時間が掛かることは分かっているのだけど」・「トイレまで何も使わないでいくこともあるから,歩く不安は減っているのでしょうね」というような経時的変化が認められた。
【考察】
2症例とも,身体機能の向上は,必ずしも心理面と一致しない傾向にあった。水谷ら(2012)は,身体機能の効果が得られにくい慢性疼痛患者には,ストレスフルなライフイベントや身体的侵襲などの経験,現在の日常的葛藤や身体感覚の感じにくさなどの重複する身体心理的要因がみられると報告している。症例Aでは,歩行器歩行を開始したことで,徐々に歩けないことに対しての認識が高まったため,術後11週目以降の不安と抑うつが増大したのではないかと考える。また,症例Bにおいても,独歩を開始したことで,発症7週目に不安と抑うつが増大したのではないかと考える。今回,2症例を経験して,重複する身体心理的要因を考慮して移動レベルの変更を行っていくことが,心理的負荷の軽減に繋がる可能性があることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
必ずしも心身機能の向上が相関関係とはならない可能性があり,特に移動レベルを変更する際には内省を経時的に観察していく必要性があることが示唆された。