[P2-A-0468] 微弱な末梢神経刺激が大脳皮質抑制系へ及ぼす影響の解明
異なる神経からの先行刺激を用いた検討
Keywords:体性感覚, 脳磁図, 抑制機構
【はじめに,目的】
一般に,大脳皮質の体性感覚誘発反応を記録する際には運動閾値程度の刺激を用いるが,感覚閾下での微弱な体性感覚刺激を呈示することでも,刺激対側一次体性感覚領域(SI)に局所的なdeactivationが生じたとの報告(Blankenburg et al., 2003)があり,微弱な体性感覚刺激は大脳皮質抑制系を活性化させる可能性がある。また,他の評価法として2連発刺激を用いた研究も用いられており,感覚閾値付近の先行刺激を与えると,それに続くテスト刺激に対する大脳皮質応答の減衰が報告されている(Wühle et al., 2011)。我々も同様の減衰を確認し,さらにはこれらが慣れや疲労,不応期などの受動的な減衰過程を反映しているのではなく,能動的な抑制過程を反映している可能性を示した(Nakagawa et al., NeuroImage, 2014)。しかし,これらの報告では,同一神経への先行刺激に対する皮質応答の減衰を記録しているため,末梢神経でのmodulationを反映している可能性を否定できず,神経伝達のどの時点で抑制系の働きを捉えているのか明らかとなっていない。そこで本研究では,異なる神経からの微弱な先行刺激の呈示が大脳皮質抑制系へ及ぼす影響を脳磁図(magnetoencephalography:MEG)を用いて記録し,微弱な末梢神経刺激が大脳皮質へ与える生理学的機序を検討することを目的とした。
【方法】
健常成人を対象とし,左手関節部で正中神経(median nerve:MN)および尺骨神経(ulnar nerve:UN)を電気刺激(パルス幅:0.2ms)した際のMEG応答を記録した。テスト刺激は運動閾値の強度とし,MNに呈示した。また,テスト刺激の16ms,33ms,50ms,100ms前に感覚閾値+0.1mAの注意を向けると辛うじて認知できる程度の微弱な先行刺激をMNまたはUNにそれぞれ呈示した。計測は,「先行刺激のみ(2条件)」,「テスト刺激のみ(1条件)」,「先行刺激+テスト刺激(8条件)」の計11条件とし,各条件100回程度ランダムに呈示した。計測中,対象者には前方のスクリーンに呈示される無声映画を注視させ,刺激は無視するように声かけをした。MEGは,306ch全頭型脳磁計(ELEKTA社)を使用した。解析は,「先行刺激+テスト刺激」条件から,それぞれ位相を合わせた「先行刺激のみ」条件をひいた差分波形を基に,刺激対側SIの各成分での振幅の比較および解析ソフトBESA(NeuroScan社)を用いた多信号源解析を行った。
【結果】
テスト刺激により,刺激対側SIに,刺激後約23ms(N20m),37ms(P35m),69ms(P60m)の潜時で明瞭なMEG応答が観察され,それぞれ微弱な先行刺激の呈示で減衰した。条件間で比較すると,MN先行刺激の条件では,各成分ともに著明な振幅の減衰が観察され,特に33ms前に先行刺激を呈示した条件で最も強い減衰がみられた。一方,UN先行刺激の条件では,N20mの減衰は認められなかったが,P35mおよびP60mでは,33ms前に先行刺激を呈示した条件で同様に減衰がみられた。多信号源解析の結果,UN先行刺激条件での減衰は,第一成分(area3b)よりも第二成分(area1)で強く観察された。また,二次体性感覚領域(SII)のMEG応答が同定された対象者においては,ほぼ全ての先行刺激呈示条件でSIIの振幅の減衰が確認された。
【考察】
本研究では,同一神経(MN)に先行刺激を与えた条件のみでなく,異なる神経(UN)に刺激を先行させた際にも,MEG応答が減衰することを確認した。この振幅の減衰は,わずかに認知できる程度の微弱な先行刺激を用いていること,さらにはMNとUNの神経刺激による大脳皮質(area3b)応答は明瞭に区別されていることから,末梢神経における減衰過程を反映しているのではなく,大脳皮質レベルでの抑制過程を反映していることを強く示唆している。また,振幅の減衰は33msと非常に短い刺激間隔の先行刺激の呈示によって最も強く生じていることから,局所抑制回路の働きを反映していると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
体性感覚系の神経調整は運動機能改善に大きく寄与する。これまで体性感覚障害に対するアプローチでは主として感覚入力の増大を目的とした治療介入が推進されてきたが,我々は,末梢から微弱な感覚入力を加えることで,抑制性ニューロン活動を調整する新たな理学療法アプローチが提案できるのではないかと考えている。本研究は,今後の臨床応用に向け,末梢神経刺激による大脳皮質抑制系への影響に対する生理学的機序の解明において,重要な知見となると思われる。
一般に,大脳皮質の体性感覚誘発反応を記録する際には運動閾値程度の刺激を用いるが,感覚閾下での微弱な体性感覚刺激を呈示することでも,刺激対側一次体性感覚領域(SI)に局所的なdeactivationが生じたとの報告(Blankenburg et al., 2003)があり,微弱な体性感覚刺激は大脳皮質抑制系を活性化させる可能性がある。また,他の評価法として2連発刺激を用いた研究も用いられており,感覚閾値付近の先行刺激を与えると,それに続くテスト刺激に対する大脳皮質応答の減衰が報告されている(Wühle et al., 2011)。我々も同様の減衰を確認し,さらにはこれらが慣れや疲労,不応期などの受動的な減衰過程を反映しているのではなく,能動的な抑制過程を反映している可能性を示した(Nakagawa et al., NeuroImage, 2014)。しかし,これらの報告では,同一神経への先行刺激に対する皮質応答の減衰を記録しているため,末梢神経でのmodulationを反映している可能性を否定できず,神経伝達のどの時点で抑制系の働きを捉えているのか明らかとなっていない。そこで本研究では,異なる神経からの微弱な先行刺激の呈示が大脳皮質抑制系へ及ぼす影響を脳磁図(magnetoencephalography:MEG)を用いて記録し,微弱な末梢神経刺激が大脳皮質へ与える生理学的機序を検討することを目的とした。
【方法】
健常成人を対象とし,左手関節部で正中神経(median nerve:MN)および尺骨神経(ulnar nerve:UN)を電気刺激(パルス幅:0.2ms)した際のMEG応答を記録した。テスト刺激は運動閾値の強度とし,MNに呈示した。また,テスト刺激の16ms,33ms,50ms,100ms前に感覚閾値+0.1mAの注意を向けると辛うじて認知できる程度の微弱な先行刺激をMNまたはUNにそれぞれ呈示した。計測は,「先行刺激のみ(2条件)」,「テスト刺激のみ(1条件)」,「先行刺激+テスト刺激(8条件)」の計11条件とし,各条件100回程度ランダムに呈示した。計測中,対象者には前方のスクリーンに呈示される無声映画を注視させ,刺激は無視するように声かけをした。MEGは,306ch全頭型脳磁計(ELEKTA社)を使用した。解析は,「先行刺激+テスト刺激」条件から,それぞれ位相を合わせた「先行刺激のみ」条件をひいた差分波形を基に,刺激対側SIの各成分での振幅の比較および解析ソフトBESA(NeuroScan社)を用いた多信号源解析を行った。
【結果】
テスト刺激により,刺激対側SIに,刺激後約23ms(N20m),37ms(P35m),69ms(P60m)の潜時で明瞭なMEG応答が観察され,それぞれ微弱な先行刺激の呈示で減衰した。条件間で比較すると,MN先行刺激の条件では,各成分ともに著明な振幅の減衰が観察され,特に33ms前に先行刺激を呈示した条件で最も強い減衰がみられた。一方,UN先行刺激の条件では,N20mの減衰は認められなかったが,P35mおよびP60mでは,33ms前に先行刺激を呈示した条件で同様に減衰がみられた。多信号源解析の結果,UN先行刺激条件での減衰は,第一成分(area3b)よりも第二成分(area1)で強く観察された。また,二次体性感覚領域(SII)のMEG応答が同定された対象者においては,ほぼ全ての先行刺激呈示条件でSIIの振幅の減衰が確認された。
【考察】
本研究では,同一神経(MN)に先行刺激を与えた条件のみでなく,異なる神経(UN)に刺激を先行させた際にも,MEG応答が減衰することを確認した。この振幅の減衰は,わずかに認知できる程度の微弱な先行刺激を用いていること,さらにはMNとUNの神経刺激による大脳皮質(area3b)応答は明瞭に区別されていることから,末梢神経における減衰過程を反映しているのではなく,大脳皮質レベルでの抑制過程を反映していることを強く示唆している。また,振幅の減衰は33msと非常に短い刺激間隔の先行刺激の呈示によって最も強く生じていることから,局所抑制回路の働きを反映していると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
体性感覚系の神経調整は運動機能改善に大きく寄与する。これまで体性感覚障害に対するアプローチでは主として感覚入力の増大を目的とした治療介入が推進されてきたが,我々は,末梢から微弱な感覚入力を加えることで,抑制性ニューロン活動を調整する新たな理学療法アプローチが提案できるのではないかと考えている。本研究は,今後の臨床応用に向け,末梢神経刺激による大脳皮質抑制系への影響に対する生理学的機序の解明において,重要な知見となると思われる。