第50回日本理学療法学術大会

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ポスター2

運動制御・運動学習1

2015年6月6日(土) 11:25 〜 12:25 ポスター会場 (展示ホール)

[P2-A-0474] 視覚性錯覚入力による一次感覚野調整

東江優那1, 野嶌一平2 (1.名古屋大学医学部保健学科理学療法学専攻, 2.名古屋大学大学院医学系研究科)

キーワード:体性感覚誘発電位, 運動錯覚, 運動技能習得

【はじめに,目的】
ミラーセラピー(以下MT)時の運動錯覚に伴い,運動を実施しない対象肢の対側における運動関連領域の興奮性が増加し,運動特異的なパフォーマンスが向上する可能性が報告されている。しかし,この脳機能変化を誘発する神経生理学的機序は明らかになっていない。特に運動錯覚を含む視覚性感覚モダリティの入力による感覚野での脳機能変化については一定の見解には到っておらず,運動錯覚を伴う視覚情報処理過程機序はわかっていない。MTの神経生理学的機序を明らかにすることは,MTの効果への科学的根拠を示すものであり,臨床応用を進めていく上で重要であると考える。そこで本研究では,MT実施時の一次体性感覚野の機能について体性感覚誘発電位(以下SEP)を用いて検討を行う。また運動錯覚の単独入力による運動技能習得効果についても評価し,MT介入による脳機能変化と運動機能変化の関係について考察を行う。
【方法】
対象は右利きの健常成人14名(21.4歳±1.1,男性9名,女性5名)とした。脳機能計測として電極を左右の一次体性感覚野領域,基準電極をAFzに設置しSEPを計測した。本研究では右手に正中神経刺激を行い,母指の対立運動を誘発すると共に,左手にも運動閾値以下の電気刺激を実施した。そして,鏡あり条件(mirror)として,左手にも同様の刺激を与えながら右手の運動を鏡に映すことで左手が動いているような錯覚を誘発する群,鏡なし条件(nomirror)として刺激条件は同じであるが動かない左手を見せる群,更に右手のみ尺骨神経刺激を行うことで右手の運動と左手の感覚に乖離を誘発する鏡あり運動不一致条件(mirror-D)の3条件で実施した。そして,1人の被験者に対して3条件を各々ランダムに実施した。電気刺激は0.2msの短形波を2Hzの刺激頻度で1条件につき200回加算した。電気刺激強度については,右手への刺激では運動閾値の110%,左手への刺激では運動閾値の90%とし,右手における母指の運動(尺骨神経刺激の際は小指の運動)が十分に誘発される強度とした。運動錯覚強度はNumeric Rating Scaleを用いて6段階で評価を行った。
介入前後の運動技能習得評価として,先行研究で反復練習により技能習得が得られることが確認され,かつ高い再現性が報告されている左手の母指の対立運動を実施した。被験者は安静座位にて左手の母指をPCからの聴覚刺激に合わせて,最大速度で運動するものとした。その際の速度を左手の母指基節骨骨底に設置した加速度計にて測定する。そして1施行ごとに,被験者に運動速度のフィードバックを行った。この運動を150回1セットとし,SEP計測前後の計2セット実施した。
データ解析に関しては,得られたSEP波形から頂点間振幅を算出し,N1(潜時約20msecの陰性波)の振幅に対する各波の振幅の割合を解析に用いた。加速度データはSEP計測前の平均値に対するSEP計測後の平均値の割合を検討した。
【結果】
脳機能に関してSEP波形のP2成分においてmirror条件に比べ,mirror-D条件では有意な増加がみられた。その他の条件と各波の振幅に有意差はみられなかった。運動錯覚強度はmirror条件で4.5±1.0,mirror-D条件で3.2±0.9であった。運動機能に関して,mirror群(運動技能習得評価間にmirror条件のSEP計測を行う群)では1.1±0.2,nomirror群では1.0±0.2,mirror-D群では1.0±0.1とmirror条件で最も運動速度が増大した。

【考察】
本研究の結果,MT実施時の一致運動と不一致運動に関する視覚性フィードバック入力により有意な差が検出された。運動錯覚を伴う視覚刺激で,実際の運動に一致しないフィードバックを与えることで,前頭前皮質背外側部(DLPFC)の活動性が亢進することが報告されている。この活動性の亢進が,DLPFC周囲で一次体性感覚野との関連の強い一次運動野,補足運動野にも影響している可能性は高く,今回不一致条件におけるSEP振幅の増大に至った可能性が考えられた。
一方で,SEPの振幅にMT介入による効果はなかった。これは電気刺激により誘発された運動が小さかったため,運動錯覚強度も小さくなってしまったためと考える。一方,運動機能に関して,運動錯覚を伴うMT介入により,特異的な運動機能の向上がみられた。そしてこれは運動同側における運動関連領域の興奮性増大を示唆するものであると考える。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は運動錯覚における脳機能変化の神経生理学的機序を知る手掛かりになると考えられる。臨床において運動を伴う視覚刺激により,脳機能の可塑的な変化を誘発する可能性が示唆されたものと考える。