[P2-A-0563] 人工膝関節全置換術患者におけるT字杖使用の有無に影響を及ぼす因子
キーワード:人工膝関節全置換術, T字杖, 身体機能
近年,高齢者の増加に伴い変形性膝関節症(以下膝OA)患者の数も増加していると言われている。膝OAに対する人工膝関節全置換術(以下TKA)における先行研究では術後の歩行自立や退院時期への検討が多く見られるものの,T字杖使用の有無に対する検討は少ない。術後におけるT字杖使用の有無は身体機能以外に関節保護や心理的な要因など様々な理由により判断されているが,身体機能における杖無し歩行が可能と判断できる指標などの報告はみられない。そこで今回は身体機能の中でT字杖使用の有無に影響を及ぼしている要因を明らかにし,杖無し歩行が可能と判断できる指標を検討することを目的とする。
当大学附属4病院ではTKA患者に対し共通の機能評価表を術前,術後3週,8週,12週の各時期に使用しており,今回の検討は機能評価表のデータベースを使用し行った。対象は2010年4月から2014年8月までに当大学附属4病院において片側TKAを施行した患者で術後8週,12週のいずれかで評価を行っており,抽出する評価項目が全て実施されている312例とした。なお,両側同時TKAや両側T字杖使用症例,T字杖以外の歩行補助具を使用している症例は除外した。抽出した評価項目は両側膝関節屈曲・伸展可動域,膝関節屈曲60°肢位での両側屈曲・伸展筋力,5m最大歩行時間及び歩数,Timed up & Go Test(以下TUG),Quick Squat回数(以下QS),疼痛(VAS),年齢,非術側下肢の状態(正常・OA・TKA・その他の4項目で分類)の15項目とし,統計学的処理ではこれらの項目を共変量,非術側把持におけるT字杖使用の有無を従属変数としたロジスティック回帰分析をステップワイズ法により検討した。更に,ロジスティック回帰分析により抽出された項目で最もオッズ比が高い項目に対してはReceiver Operating Characteristic Curve(ROC曲線)から曲線下面積を算出し感度・特異度にてカットオフ値を求めた。
ロジスティック回帰分析の結果では,歩行時間(オッズ比2.05),TUG(1.21),QS(1.15),術側膝関節伸展筋力(0.99),非術側膝関節伸展可動域(0.91),歩数(0.59)の6項目が抽出され判別適中率は82.4%であった。また,オッズ比が最も高い歩行時間におけるT字杖使用の有無でのカットオフ値では曲線下面積0.73,感度0.53,特異度0.84にて3.68秒であった。
本研究にて検討した身体機能における評価項目ではT字杖使用の有無に対して5m最大歩行時間が最も影響を及ぼしており,そのカットオフ値は3.68秒という結果であった。今回のT字杖使用に対する評価は直線の屋内歩行時での使用の有無で判断しているため,歩行能力以外の要素も必要となるTUGよりも歩行時間のオッズ比が高い結果となったのではないかと考える。また,歩行時間が短くなるほど杖に頼ることが少なくなり,歩行時間が長くなるほど杖に荷重をかけやすくなることが考えられ,このことも結果に反映している要因の一つではないかと考えた。QSや術側伸展筋力では立脚期における支持性の高さが杖無し歩行に反映しやすく,更に非術側伸展可動域や歩数も抽出されたことから,歩幅も影響を及ぼしている可能性が考えられる。一方で術側伸展可動域が抽出されなかった原因として対象期間が術後8週以降で完全伸展位まで獲得されていることが多いためと考えられる。また,カットオフ値において感度が0.53,特異度が0.84という結果であった。これより今回抽出した歩行時間のカットオフ値はT字杖が必要ない人に対して杖使用の必要性がないという判断は比較的行いやすいもののT字杖が必要な人に対して必要であるという判断が行いにくいということが言える。これはT字杖使用の必要性では身体機能以外における要因も影響してくるためではないかと考える。
今回の結果はTKA術後における患者指導や歩行自立度における指標の一部として参考にできる可能性が示唆され意義のあるものと考える。しかし,歩行能力の回復に比べ歩行補助具の使用は身体機能以外の要因による影響も大きくなると考えられるため他の評価項目も検討し考察の幅を広げていきたい。