第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター2

発達障害理学療法1

Sat. Jun 6, 2015 11:25 AM - 12:25 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P2-A-0618] 腹部痛を有する重度成人脳性麻痺症例における身体の認識の改善と破局的思考の変化

山下浩史1, 西上智彦2 (1.医療法人SKYスカイ整形外科クリニック, 2.甲南女子大学看護リハビリテーション学部理学療法学科)

Keywords:脳性麻痺, 成人, 慢性疼痛

【はじめに,目的】
成人脳性麻痺症例は健常人に比較して疼痛の発症年齢が早く,慢性化する症例も多い。この要因として,加齢に伴う筋骨格系障害の影響が大きいものの,近年では,成人脳性麻痺症例における疼痛の問題はより複雑であると考えられてきている。Engelらは慢性疼痛を有する脳性麻痺症例において,疼痛に対する破局的思考と疼痛の強度に有意な相関が認められたことを報告した。また,Riquelmeらは成人脳性麻痺症例に対する体性感覚への課題が疼痛の軽減に有用であることを明らかにしており,脳性麻痺の感覚障害に対する介入に関心が高まっている。今回,腸閉塞と人工肛門造設に対する手術後に腹部痛が生じ,その後慢性化した成人脳性麻痺症例を経験した。腹部痛となる器質的要因は不明とされていたが,手術後の全身の筋緊張亢進による非対称姿勢の増悪に対して身体の認識の改善を目的とした介入を行ったところ,腹部痛の軽減が認められたので報告する。
【方法】
対象は粗大運動能力分類システム(GMFCS)レベルVの混合型四肢麻痺の50代男性であった。コミュニケーション能力分類システム(CFCS)はレベルIIで,時間はかかるが表出及び理解が可能であった。Barthel Indexは0点であった。3年前に手術を施行し,術後に全身状態が悪化し,約1ヶ月間の臥床を余儀なくされ,非対称姿勢の増強と腹部痛の増悪を認めた。手術を施行した医師は,消化器系の問題に関連する疼痛であることを否定していた。1年前に姿勢改善と疼痛軽減を目的に当院受診し,理学療法を開始した。左下肢を上にして脚を組む姿勢をとり,他動的にほどくことは可能であったが,下肢同士を強く押し付けていた。背臥位は骨盤右回旋位,左股関節内転・内旋位,右股関節内転・内旋位,両膝関節屈曲位であった。上下肢の自動運動と独力での体重移動は不可能であった。左大腿内側の触覚,左股関節の運動覚は0/5で,下肢の肢位を全く認識できていなかった。刺激に敏感で,下肢に触れた瞬間に全身の筋緊張が亢進し,非対称姿勢の増強,腹部痛の増悪が見られた。右腹部のNumerical Rating Scale(NRS)は安静時に8,全身の筋緊張亢進時に10であった。Pain Catastrophizing Scale(PCS)は反芻15点,無力感13点,拡大視6点であった。薬物療法はセレコックス,テルネリン,デパスを使用していた。介入当初は背臥位で非対称姿勢の改善を目指したが,治療者が症例に接触するのみで筋緊張の亢進,非対称姿勢の増強,腹部痛の増悪が出現してしまうことから背臥位での介入が困難であると判断した。そこで,下肢の接触による筋緊張亢進を防ぐため,視覚入力を伴う大腿部の触覚の識別課題を行った。車椅子座位で自分の下肢を視認できる肢位をとり,治療者による接触の有無を識別する設定とした。介入から約2ヶ月で接触による全身の筋緊張亢進が現れなくなり,股関節運動覚の識別課題に移行した。同様の肢位で他動運動による股関節内外転を行い,股関節の運動部位・方向の識別を求めた。いずれの課題も段階的に視覚を遮断する設定に変更した。介入から約9ヶ月で,視覚を遮断した状態で股関節外転を行なっても全身の筋緊張亢進が出現しなくなったため,背臥位で股関節運動覚の識別課題を行い,対称姿勢の改善を促した。評価はNRS,PCSを用いて理学療法開始から1ヶ月ごとに1年間行った。治療頻度は週1回の外来理学療法で,1回の治療時間は60分とした。
【結果】
1年間の介入により,NRSは安静時3,股関節外転運動時4,左大腿内側の触覚と左股関節の運動覚は4/5,PCSは反芻8点,無力感3点,拡大視1点に改善した。車椅子座位で下肢同士が離れた肢位の保持が10秒以上可能となった。NRSとPCSの推移は,介入方法の変更や下肢同士が離れた肢位の保持時間の延長した時期に大きく変動することなく,経過を通じて双方とも緩やかに改善した。
【考察】
今回,長期臥床後に腹部痛が出現した成人脳性麻痺症例に対して下肢の触覚及び運動覚の識別課題を行った結果,NRSとPCSの改善を認めた。PCSの下位項目では無力感が比較的大きな改善を示した。これは,自動運動が全く行えないほど重度な運動障害を有する本症例において,下肢の識別課題を通じて自分の身体を認識する経験をすることで,痛みに対して何もできないという思考を緩和する一助となった可能性が考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
慢性疼痛を有する重度成人脳性麻痺症例の疼痛と破局的思考の関連を示し,身体の認識を改善する介入が有効である可能性を示した点。