第50回日本理学療法学術大会

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ポスター2

神経難病理学療法

2015年6月6日(土) 11:25 〜 12:25 ポスター会場 (展示ホール)

[P2-A-0659] 重量の弁別課題によって上肢の運動失調症状が軽減した多系統萎縮症の1症例

高木泰宏, 村部義哉, 上田将吾, 加藤祐一 (認知神経リハビリテーション結ノ歩訪問看護ステーション)

キーワード:運動失調, 重量知覚, 弁別課題

【はじめに,目的】
小脳失調患者の上肢の運動は主動作筋と拮抗筋の収縮タイミングがずれることによって制動作用が働かず,測定過大となり,目標位置の前後で振戦が生じることが報告されている(Beppu,1984)。このことから,運動失調はフィードフォワード制御が不可能となり,フィードバック制御となる結果として生じると考えられている(Hore,1991)。上肢のリーチ動作時,目的物の方向や位置,距離を認識する必要があり(Aribi,1994),その変化に合わせた予測からフィードフォワード制御が行われているが(三苫,2009),道具を使用する際にはこのような要素に加えて,重量の変化を予測することも必要となる可能性がある。今回,多系統萎縮症の小脳型によって,重量の知覚が困難となった症例に対して上肢での重量の弁別課題を実施した。その結果,上肢の運動失調が軽減したため報告する。

【方法】
症例は多系統萎縮症の小脳型と診断され,1年6ヶ月経過した50歳代の女性である。指-鼻-指試験にて右側でセラピストの指腹に接触する回数が4/10回であり,所要時間は19.8秒であった。上田の打点検査にて右側で直径3cmの円の中に打点できた回数は35/50回であり,その円からはみ出して打点した回数は15/50回であった。道具操作時,肩甲骨挙上,肩関節外転の代償動作と運動失調を認めた。International cooperative ataxia rating scale(ICARS)は36/100であり,左上肢,体幹,下肢にも運動失調を認めたが,「鍵を挿しにくい」と右上肢での道具使用に対するneedが強かったため,右上肢での道具使用の改善を目的に治療介入を実施した。治療介入は1時間/回,3回/週にて,3ヶ月間実施した。課題は坐位にて閉眼し,長方形の板の中央に半円柱を取りつけ,1軸に動く板(以下,不安定板)上に右前腕を置き,70g,210g,350gの重量物を不安定板の前方に置いた時の弁別を求めた。重量物を不安定板に乗せる時に動揺が大きく,水平に保持することが困難であった。そのため,セラピストが不安定板を水平に把持し,固定した状態で重量物を乗せた後,口頭で合図し,ゆっくりと不安定板を離す方法で実施した。水平が保持できない場合は再度,同様の手順を実施した。重量を弁別させた後,開眼にて実際の重量を確認させた。課題開始時の正答率は33%であった。

【結果】
課題の正答率は80%に向上した。それに伴い,重量の弁別時に不安定板を水平に保持することが可能となった。運動失調の程度として,ICARSは36/100点で変化は認めなかったが,指-鼻-指試験にて右側でセラピストの指腹に接触する回数が8/10回と増加し,所要時間も16.5秒に短縮した。上田の打点検査にて右側は直径3cmの円の中に打点した回数は43/50回と増加し,直径3cmの円からはみ出して打点した回数は7/50回と減少した。日常生活動作にて鍵を挿すことが容易となり,玄関の出入りの時間が短縮された。

【考察】
重量知覚はフィードフォワードとしての随伴発射が大脳皮質の運動野から感覚野に伝達され,この運動指令と末梢からフィードバックされるIa群インパルスとの間で減算処理がなされて生じると提唱されている(McCloskey,1978)。このことから本課題では重量に見合った中枢での運動プログラムによるフィードフォワードの構築と末梢からのフィードバックとの照合が必要であると考えられる。課題開始時に不安定板の動揺が強く,水平に保持することが困難であったことは,重量の予測が行えず,フィードバックにて運動を制御していたためであると考えられる。重量の弁別時の正答率の向上に伴い,重量の変化に対して予測的制御が可能となった結果,主動作筋と拮抗筋の収縮のタイミングが調整可能となり,不安定板を水平に保持できるようになったと考えられる。以上より,重量の弁別課題はフィードフォワード制御での運動を構築し,運動失調を軽減するアプローチとして有効であると示唆された。

【理学療法学研究としての意義】
1症例を通して,重量の弁別課題によって上肢の運動失調が軽減することが判明した。このことから上肢の運動失調に対して,直接的な治療介入の可能性があると示唆された。