第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター2

運動制御・運動学習5

2015年6月6日(土) 13:50 〜 14:50 ポスター会場 (展示ホール)

[P2-B-0508] 脳卒中片麻痺患者の麻痺手書字における手の遠位・近位運動の分離性とパフォーマンスとの関係

藤澤祐基1, 岡島康友2, 山田深2, 橋立博幸1, 八並光信1 (1.杏林大学保健学部理学療法学科, 2.杏林大学医学部リハビリテーション医学教室)

キーワード:三次元動作解析, 片麻痺, 運動制御

【はじめに,目的】
リハビリテーションの対象である巧緻動作のうち,書字動作は日常生活上重要な動作の一つである。書字動作は巧緻運動であるとともに習熟運動でもあるとされる。巧緻運動とは運動の質,運動の正確さが重要であり,一定時間内に何回の作業ができるか,あるいは一定回数の作業に要する時間などで定量化される。一方で習熟運動とは繰り返し練習することで獲得された運動であり,しばしば巧緻性が高い内容について用いられる。本研究では,書字の巧緻性あるいは習熟運動特性が失われる可能性が高い病態として錐体路障害に焦点をあて,ペン先を含めた手部多評点の三次元書字運動解析を行い,書字運動が錐体路障害によってどのように変化するかを検証した。


【方法】
右利きの脳卒中右不全片麻痺者14名(69.0±12.9歳,Br.stage上肢・手指IV~VI)と年齢を一致させた右利きの健常者14名(71.7±11.0歳)を対象とした。4種類の大きさの平仮名<あ>を左右の手で各々,個人の自由な字体で書かせ,ペン先,示指基部,手関節の3評点の3次元座標を記録し,オフライン解析した。手のパフォーマンス指標としてBBT(box and block test),ならびに書字時間,書字中の遠位・近位の運動連関,すなわち運動類似性を示す指標としてペン先と示指あるいは手関節の書字中の運動半径比,速度相関,書字形体相関,運動方向差を評価した。また,これら指標について片麻痺者と健常者との群間比較,書字サイズまたは左右書字を要因とした分散分析,各指標間の相関分析を行った。


【結果】
BBTは片麻痺者右手で43.8±12.3個/分,健常者右手で57.1±8.9個/分であり,2群間に有意な差を認めた(p<.01)。片麻痺者・健常者の両群ともに書字サイズが大きくなるとペン先と他の2標点の運動半径比は高くなり,ペン先と手が同様の大きさで動いた(p<.001)。片麻痺者右手では健常者右手に比べて筆跡の均一性は低下するとともに(p<.05),運動半径比は大きくなった(p<.05)。この半径比は,片麻痺者では速度プロフィールの一定性とは逆相関,すなわちペン先と手の運動が一塊となればなるほど書字速度パターンの一定性は高かったが(r=-.53~-.74,p<.05),健常者では速度プロフィールの一定性や筆跡の一定性と無相関であった。片麻痺の臨床重症度(Br.stage)と書字時間,BBTとの間にそれぞれ相関を認めたが,上記の遠位・近位の連関指標とパフォーマンス指標にはまったく相関がなかった。


【考察】
原田ら(Archives PMR,2010)は利き手の軽症片麻痺の麻痺手書字では深部覚障害がなければ遠位近位の運動半径特性には健常者の利き手書字と同様な傾向があると報告しているが,健常,片麻痺,深部覚障害片麻痺の個々における左右差の統計解析であり,3者を比較したものではなかった。感覚障害のない片麻痺書字でも書字としてパフォーマンスは低下していることは確かであり,本研究では感覚障害のない片麻痺書字のみに焦点を当てて遠位近位の運動半径比を種々のサイズの書字で検討するとともに,書字本来の重要な要素である筆跡や速度プロフィール(リズム)の一定性の視点を加えて解析した。片麻痺者の書字動作では,制御の難しい多関節運動を容易に行うには遠位と近位を一塊にして動かし,運動の自由度を減少させて対応しているため,不全麻痺では生来獲得した書字運動の習熟性を低下させることになる。また,書字は判読できる必要があり,短時間で書けなければ実用性もなくなる。麻痺手では一塊性を高めることで速度パターンの均一性を高め,形体の均一性を保とうとしていると解釈された。
本研究の結果,健常手に比べて片麻痺手では麻痺レベル以上に運動自由度を低下,すなわち遠位と近位の運動を一塊化させて書字精度と速度を高めることが示唆された。麻痺手書字において遠位と近位の運動分離性は健常者に比べ有意に低下していたが,その程度はパフォーマンスと比例せず,少なくとも軽症麻痺者の習熟運動では運動分離性以外の要素がパフォーマンスに影響すると考えられる。


【理学療法学研究としての意義】
本研究は錐体路障害,すなわち運動の伝導路の障害でしかない片麻痺手の運動学習の過程を遠位と近位関節部の運動連関の変化として捉えようとする基礎的研究である。学習の進行に伴って,遠位と近位の運動分離独立性を高めても書字の精度と速度が維持されることが想定される。この過程は書字に限らず,運動学習の本態の1つであると考える。