[P2-B-0665] アイコンタクトを伴う視線定位反射による注意の操作が作業記憶に与える影響
Keywords:アイコンタクト, 視線, 作業記憶
【はじめに,目的】
認知症や高次脳機能障害等の認知障害を呈する患者の多くは注意障害を有し,集中して理学療法に参加することが難しく本来の治療効果を得られないことが多い。その際,聴覚・視覚刺激による注意喚起がよく用いられるが,他の方略としてアイコンタクトがある。例えば,他者の視線の方向に反射的に自己の視線を追従させる視線定位反射があり,事前にアイコンタクトがあるとその後の視線追従が起こりやすい(千住,2008)。また,アイコンタクトにより顔や人物等の認知弁別課題に対して正の作用があると報告されている(千住,2009)が,注意や作業記憶への作用は明らかにされていない。その為本研究の目的を,アイコンタクトを伴う視線定位反射による注意の操作が作業記憶に与える影響について明らかにすることとした。
【方法】
対象は健常成人8名(平均年齢21.9±0.6歳),課題内容はモニターに人物の顔画像と図形を提示し,次にその図形の有無を回答させた。画像の提示方法は,前刺激(1000msec),課題刺激(1300msec),回答刺激の順に提示したものを1施行とし,1set 50施行を3set行った。前刺激は,画面中央にアイコンタクト有り又は無しに設定した顔画像を使用した。課題刺激は,画面中央に6方向(上,右上,右下,下,左下,左上)に視線を向けた又は視線を隠した顔画像と,画面の6方向に各々異なる図形を提示した画像を使用した。回答刺激は,図形を1つ提示し「この図形は先の6つの中にありましたか」の問いに対しYES/NOで回答させた。設定した画像提示条件は,前刺激におけるアイコンタクトの有無と,課題刺激における顔画像の視線の有無の2要因による組み合わせ(アイコンタクト・視線定位刺激)から,A条件(有り・有り),B条件(有り・無し),C条件(無し・無し),D条件(無し・有り)を設定し,ダミー条件としてE条件(アイコンタクト有り又は無し・アイコンタクト有り)を加えた5条件とし,提示順はランダムとした。使用機器はEye tracker(Tobbi TX300,Tobii Technology社製)を用い眼球運動を測定し,対象者は椅子座位とした。測定データは課題正答率,課題刺激提示から注視点が正答図形に移るまでの所要時間,正答図形に対する注視時間とした。統計解析ではE条件は解析対象とはせず,A~D条件における課題正答率,所要時間,注視時間の比較を各々対応のある一元配置分散分析(多重比較検定法Bonferroni)を用いて行った。また,各条件内における測定項目間の関係性をPearson積率相関係数により検討した。有意水準は5%とした。
【結果】
課題正答率には条件間で有意な差を認めなかった。所要時間はA条件とD条件がB,C条件に比べて有意に短く(p<.01)A条件とD条件間には有意な差を認めなかった。注視時間はA条件においてB,C条件に比べ有意に長く(vs B条件:p<.01,vs C条件:p<.05)D条件では他条件に比べ有意な差は認めなかった。相関分析では,A条件における課題正答率と注視時間においてのみ有意な正の相関を認めた。(r=.90,p<.01)
【考察】
条件間の課題正答率に有意な差を認めなかったが,視線定位刺激により視線方向に注意が操作されることが示された。またアイコンタクトを伴う視線定位刺激では,より長く視線方向にある画像を注視することが示され,注視時間と課題正答率に正の関係性をもたらす作用があることを示した。条件間の課題正答率に差を認めなかった点について,視覚情報は200-300msecで80%記憶されるとの報告(乾,1981)から,本研究では課題刺激をモニター全体が注視可能な提示時間設定とした為,課題画像の多くを記憶できたと考える。次に,視線定位刺激により注意が操作された点について,視線定位刺激が向けられた対象への反応時間が短縮するとの先行研究(Driver J,1999)と同様に,本研究においても視線定位反射が惹起されたと考える。最後に,アイコンタクトを伴う視線定位刺激で注視時間を延長した点について,本研究ではA条件においてのみ「顕示(アイコンタクト)-参照行動(視線定位刺激)」(Egyed K,2007)が成立したと考える。これにより視線の先にある対象が重要なのではないかという潜在的意識が働き,注視時間と正答率に正の関係性をもたらす作用が生じたのではないかと考える。
【理学療法学研究としての意義】
アイコンタクトを伴う視線定位反射による注意の操作は,注視時間と作業記憶に正の関係をもたらす作用があるという基礎的知見を示した。患者の注意喚起を行う際,アイコンタクトや視線定位刺激を考慮することは,患者の理学療法へ集中度を高め本来の治療効果を得る為の一助となる可能性を示唆している。
認知症や高次脳機能障害等の認知障害を呈する患者の多くは注意障害を有し,集中して理学療法に参加することが難しく本来の治療効果を得られないことが多い。その際,聴覚・視覚刺激による注意喚起がよく用いられるが,他の方略としてアイコンタクトがある。例えば,他者の視線の方向に反射的に自己の視線を追従させる視線定位反射があり,事前にアイコンタクトがあるとその後の視線追従が起こりやすい(千住,2008)。また,アイコンタクトにより顔や人物等の認知弁別課題に対して正の作用があると報告されている(千住,2009)が,注意や作業記憶への作用は明らかにされていない。その為本研究の目的を,アイコンタクトを伴う視線定位反射による注意の操作が作業記憶に与える影響について明らかにすることとした。
【方法】
対象は健常成人8名(平均年齢21.9±0.6歳),課題内容はモニターに人物の顔画像と図形を提示し,次にその図形の有無を回答させた。画像の提示方法は,前刺激(1000msec),課題刺激(1300msec),回答刺激の順に提示したものを1施行とし,1set 50施行を3set行った。前刺激は,画面中央にアイコンタクト有り又は無しに設定した顔画像を使用した。課題刺激は,画面中央に6方向(上,右上,右下,下,左下,左上)に視線を向けた又は視線を隠した顔画像と,画面の6方向に各々異なる図形を提示した画像を使用した。回答刺激は,図形を1つ提示し「この図形は先の6つの中にありましたか」の問いに対しYES/NOで回答させた。設定した画像提示条件は,前刺激におけるアイコンタクトの有無と,課題刺激における顔画像の視線の有無の2要因による組み合わせ(アイコンタクト・視線定位刺激)から,A条件(有り・有り),B条件(有り・無し),C条件(無し・無し),D条件(無し・有り)を設定し,ダミー条件としてE条件(アイコンタクト有り又は無し・アイコンタクト有り)を加えた5条件とし,提示順はランダムとした。使用機器はEye tracker(Tobbi TX300,Tobii Technology社製)を用い眼球運動を測定し,対象者は椅子座位とした。測定データは課題正答率,課題刺激提示から注視点が正答図形に移るまでの所要時間,正答図形に対する注視時間とした。統計解析ではE条件は解析対象とはせず,A~D条件における課題正答率,所要時間,注視時間の比較を各々対応のある一元配置分散分析(多重比較検定法Bonferroni)を用いて行った。また,各条件内における測定項目間の関係性をPearson積率相関係数により検討した。有意水準は5%とした。
【結果】
課題正答率には条件間で有意な差を認めなかった。所要時間はA条件とD条件がB,C条件に比べて有意に短く(p<.01)A条件とD条件間には有意な差を認めなかった。注視時間はA条件においてB,C条件に比べ有意に長く(vs B条件:p<.01,vs C条件:p<.05)D条件では他条件に比べ有意な差は認めなかった。相関分析では,A条件における課題正答率と注視時間においてのみ有意な正の相関を認めた。(r=.90,p<.01)
【考察】
条件間の課題正答率に有意な差を認めなかったが,視線定位刺激により視線方向に注意が操作されることが示された。またアイコンタクトを伴う視線定位刺激では,より長く視線方向にある画像を注視することが示され,注視時間と課題正答率に正の関係性をもたらす作用があることを示した。条件間の課題正答率に差を認めなかった点について,視覚情報は200-300msecで80%記憶されるとの報告(乾,1981)から,本研究では課題刺激をモニター全体が注視可能な提示時間設定とした為,課題画像の多くを記憶できたと考える。次に,視線定位刺激により注意が操作された点について,視線定位刺激が向けられた対象への反応時間が短縮するとの先行研究(Driver J,1999)と同様に,本研究においても視線定位反射が惹起されたと考える。最後に,アイコンタクトを伴う視線定位刺激で注視時間を延長した点について,本研究ではA条件においてのみ「顕示(アイコンタクト)-参照行動(視線定位刺激)」(Egyed K,2007)が成立したと考える。これにより視線の先にある対象が重要なのではないかという潜在的意識が働き,注視時間と正答率に正の関係性をもたらす作用が生じたのではないかと考える。
【理学療法学研究としての意義】
アイコンタクトを伴う視線定位反射による注意の操作は,注視時間と作業記憶に正の関係をもたらす作用があるという基礎的知見を示した。患者の注意喚起を行う際,アイコンタクトや視線定位刺激を考慮することは,患者の理学療法へ集中度を高め本来の治療効果を得る為の一助となる可能性を示唆している。