[P2-B-0767] 痛覚刺激患者疑似モデル(健常成人)が前頭前野に与える影響
~近赤外分光法(NIRS)を用いて~
キーワード:痛覚刺激患者疑似モデル, 近赤外分光法(NIRS), 前頭前野
【はじめに,目的】
痛みは全ての人が認知しており,誰もが経験するものであるが,その程度を客観的に把握することは難しく,科学的追求は非常に困難を極める。痛みの発生する原因には,侵害受容性疼痛,神経因性疼痛,心因性疼痛があるが,時にこれらは混在化し,慢性に経過を経て難治性に至る例も存在する。慢性化に至る機序には,多くの研究がなされているにも関わらず,痛覚の閾値には個人差が強く,定量性に欠ける点が痛み研究を困難にしている。今回,我々は健常成人に対して痛覚刺激患者疑似モデルを作成し,近赤外分光法(Near-infrared spectroscopy,以下NIRS,SHIMAZDU製)を使用して,認知面や情動・動機づけに関与する前頭前野に注目し,知見を得たので報告する。
【方法】
対象は精神疾患および整形疾患を有しない健常成人5名(男性5名,年齢20.4±1.1歳)とし,A群:痛覚刺激患者疑似モデル(3名)とB群:非痛覚刺激(2名)に分類を行った。
A群への痛覚刺激は右下肢に限定し,事前に赤外放射温度計(テストー社製)を用い,皮膚表面温度を測定した。痛覚刺激の方法は,水槽に外果下縁まで浸かる程度に水(水温1~2℃)を入れ,水槽の底に市販の足底刺激(足つぼ)マットを装備した。A群には凍傷への影響を配慮し右足尖にアンダーラップを巻いた。その後,水槽の足底刺激マットに右下肢で荷重を加え,片脚起立で10秒間(休息10秒)×3セット施行した。刺激後,皮膚表面温度が刺激前の体温に戻っていることを確認し,前頭部に27個のプローブを装着し,NIRSにて脳血流変化を測定した。Rest10秒-Task10秒-Rest10秒を3セット実施,Task時に痛覚刺激と同様の映像をスクリーン上に投影した。B群は安静座位でA群と同時間待機,同じ映像を投影しNIRSにて脳血流量を測定した。A・B群間の比較は,NIRSにて得られたOxy-Hemoglobin(以下Hb)量を用い,前頭部における総体的Oxy-Hb量,右脳Oxy-Hb量,左脳Oxy-Hb量,左前頭前野背外側部Oxy-Hb量についてTaskからRestを差分し,A・B群間にwelch‘s-t testを用いた(P<0.05水準)。また,自律神経活動の指標を測定するため,唾液アミラーゼモニター(NIPRO社製)を使用,A・B群間に研究前の安静時と映像投射後に測定を2回実施し,比較検討を行った。
【結果】
前頭部における総体的Oxy-Hb量は,A群0.00244,B群0.00511,右脳Oxy-Hb量は,A群0.00498,B群0.00556といずれもA・B群間に有意差を認めなかった(P>0.05)。左脳Oxy-Hb量は,A群0.00067,B群0.0043,左前頭前野背外側部Oxy-Hb量は,A群-0.00166,B群0.00417とA・B群間に有意差を認めた(P<0.01)。唾液アミラーゼモニターから得た,自律神経活動の指標は,A群安静時42.6±17kIU/L,映像投射後114.6±41 kIU/L,B群安静時38±5 kIU/L映像投射後92.5±16 kIU/LとA・B群ともに増加した。
【考察】
今回の研究により,左脳の前頭部,前頭前野背外側部において痛覚刺激患者疑似モデルの映像投射後にOxy-Hb量が有意に低下する可能性が示唆された。脳内で神経活動が起こると活動部位での局所脳血流量が増加するという原理に基づき,PETやfMRIが痛みの研究で用いられている。これらの原理で健常な人の皮膚に熱やレーザーなどの侵害刺激を与えた研究では,主として視床,島,前帯状回および体性感覚野(一次:S1,二次:S2),前頭前野の活動性がみられることが報告されている。今回,我々が作成した痛覚刺激患者疑似モデルはPETやfMRIで報告される前頭前野の活動性と逆の現象を示し,非常に興味深い結果となった。人の前頭葉は,抽象的思考,記憶の組織化,感情のコントロールなど,様々な高次脳機能の中枢とされる。NIRSによる前頭葉のOxy-Hb量が有意に低下したことより,痛覚刺激に対する記憶の再燃を抑制する可能性が示唆された。また,従来前頭前野背外側部は,賦活されることにより注意の集中や選択,行動を起こす際の決定といった役割が報告がされている。我々の結果では,痛覚刺激患者疑似モデルの前頭前野背外側部が有意に低下していることにより体験記憶の抑制に伴い,疼痛本来がもたらす行動意欲の低下に繋がる可能性が考えられた。今回,痛覚刺激患者疑似モデルを作成し,症例数は少ないものの,時間分解能に優れたNIRSを使用して,少なくとも疼痛と前頭葉の関連が示される結果になった。
【理学療法学研究としての意義】
NIRSにおける疼痛と前頭葉の知見を報告している文献は少ない。今回,痛覚刺激患者疑似モデルを作成し,前頭葉との知見をNIRSにて見出せた事で,今後疼痛-脳機能解明の一助になり得ると考えている。
痛みは全ての人が認知しており,誰もが経験するものであるが,その程度を客観的に把握することは難しく,科学的追求は非常に困難を極める。痛みの発生する原因には,侵害受容性疼痛,神経因性疼痛,心因性疼痛があるが,時にこれらは混在化し,慢性に経過を経て難治性に至る例も存在する。慢性化に至る機序には,多くの研究がなされているにも関わらず,痛覚の閾値には個人差が強く,定量性に欠ける点が痛み研究を困難にしている。今回,我々は健常成人に対して痛覚刺激患者疑似モデルを作成し,近赤外分光法(Near-infrared spectroscopy,以下NIRS,SHIMAZDU製)を使用して,認知面や情動・動機づけに関与する前頭前野に注目し,知見を得たので報告する。
【方法】
対象は精神疾患および整形疾患を有しない健常成人5名(男性5名,年齢20.4±1.1歳)とし,A群:痛覚刺激患者疑似モデル(3名)とB群:非痛覚刺激(2名)に分類を行った。
A群への痛覚刺激は右下肢に限定し,事前に赤外放射温度計(テストー社製)を用い,皮膚表面温度を測定した。痛覚刺激の方法は,水槽に外果下縁まで浸かる程度に水(水温1~2℃)を入れ,水槽の底に市販の足底刺激(足つぼ)マットを装備した。A群には凍傷への影響を配慮し右足尖にアンダーラップを巻いた。その後,水槽の足底刺激マットに右下肢で荷重を加え,片脚起立で10秒間(休息10秒)×3セット施行した。刺激後,皮膚表面温度が刺激前の体温に戻っていることを確認し,前頭部に27個のプローブを装着し,NIRSにて脳血流変化を測定した。Rest10秒-Task10秒-Rest10秒を3セット実施,Task時に痛覚刺激と同様の映像をスクリーン上に投影した。B群は安静座位でA群と同時間待機,同じ映像を投影しNIRSにて脳血流量を測定した。A・B群間の比較は,NIRSにて得られたOxy-Hemoglobin(以下Hb)量を用い,前頭部における総体的Oxy-Hb量,右脳Oxy-Hb量,左脳Oxy-Hb量,左前頭前野背外側部Oxy-Hb量についてTaskからRestを差分し,A・B群間にwelch‘s-t testを用いた(P<0.05水準)。また,自律神経活動の指標を測定するため,唾液アミラーゼモニター(NIPRO社製)を使用,A・B群間に研究前の安静時と映像投射後に測定を2回実施し,比較検討を行った。
【結果】
前頭部における総体的Oxy-Hb量は,A群0.00244,B群0.00511,右脳Oxy-Hb量は,A群0.00498,B群0.00556といずれもA・B群間に有意差を認めなかった(P>0.05)。左脳Oxy-Hb量は,A群0.00067,B群0.0043,左前頭前野背外側部Oxy-Hb量は,A群-0.00166,B群0.00417とA・B群間に有意差を認めた(P<0.01)。唾液アミラーゼモニターから得た,自律神経活動の指標は,A群安静時42.6±17kIU/L,映像投射後114.6±41 kIU/L,B群安静時38±5 kIU/L映像投射後92.5±16 kIU/LとA・B群ともに増加した。
【考察】
今回の研究により,左脳の前頭部,前頭前野背外側部において痛覚刺激患者疑似モデルの映像投射後にOxy-Hb量が有意に低下する可能性が示唆された。脳内で神経活動が起こると活動部位での局所脳血流量が増加するという原理に基づき,PETやfMRIが痛みの研究で用いられている。これらの原理で健常な人の皮膚に熱やレーザーなどの侵害刺激を与えた研究では,主として視床,島,前帯状回および体性感覚野(一次:S1,二次:S2),前頭前野の活動性がみられることが報告されている。今回,我々が作成した痛覚刺激患者疑似モデルはPETやfMRIで報告される前頭前野の活動性と逆の現象を示し,非常に興味深い結果となった。人の前頭葉は,抽象的思考,記憶の組織化,感情のコントロールなど,様々な高次脳機能の中枢とされる。NIRSによる前頭葉のOxy-Hb量が有意に低下したことより,痛覚刺激に対する記憶の再燃を抑制する可能性が示唆された。また,従来前頭前野背外側部は,賦活されることにより注意の集中や選択,行動を起こす際の決定といった役割が報告がされている。我々の結果では,痛覚刺激患者疑似モデルの前頭前野背外側部が有意に低下していることにより体験記憶の抑制に伴い,疼痛本来がもたらす行動意欲の低下に繋がる可能性が考えられた。今回,痛覚刺激患者疑似モデルを作成し,症例数は少ないものの,時間分解能に優れたNIRSを使用して,少なくとも疼痛と前頭葉の関連が示される結果になった。
【理学療法学研究としての意義】
NIRSにおける疼痛と前頭葉の知見を報告している文献は少ない。今回,痛覚刺激患者疑似モデルを作成し,前頭葉との知見をNIRSにて見出せた事で,今後疼痛-脳機能解明の一助になり得ると考えている。