第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター2

運動制御・運動学習2

Sat. Jun 6, 2015 4:10 PM - 5:10 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P2-C-0480] 個人の環境に対する認知の違いにより姿勢制御は異なる

古田国大1,2, 松井孝雄3 (1.三仁会あさひ病院リハビリテーション科, 2.中部大学大学院国際人間学研究科心理学専攻, 3.中部大学人文学部)

Keywords:環境, 認知, 姿勢制御

【はじめに,目的】
環境の変化に柔軟に適応して人間の生活は成立している。その背景には,感覚-認知-運動の各要素が相互作用的に関係していると考えられる。
理学療法の臨床現場では,心身機能や構造の障害により生活に支障が生じた患者に対し問題解決を支援する総合的なアプローチが重要とされる。そして総合的なアプローチを達成するためには,個々の状態に合わせたオーダーメイドのリハビリテーションが必要である。成書にはさまざまなアプローチが疾患別・病期別・関節別に記述されており,これらは病態分類により個別性を考慮している。しかし,実際には個別性は病態のみで分類できるものではなく,認知機能などパーソナリティの考慮も必要である。そこで本研究では個別性の重要な要素の一つとして認知的側面に焦点をあて,実験心理学的手法により感覚-認知-運動の相互作用を検証した。具体的には同一環境下でも環境に対する認知が異なれば運動パフォーマンスが異なるかを問題とし,側方の壁に対する認知の違いが立位姿勢制御に与える影響を調べることを目的とした。
【方法】
対象は健常成人54名(男性40名,女性14名)とし,平均年齢19.19±1.28歳であり全員日常生活に支障のない視力を有していた(矯正視力を含む)。
実験は約5m四方の実験室にて行い,姿勢制御の測定には重心動揺計(アニマ社製グラビコーダGS-31)を用いた。
手順は,まず実験参加者に対して壁の認知的評価を実施した。評価語には空間を評価する語として用いられる「快適感」を使用した。参加者の側方に壁が存在するように立ってもらい,その壁を快適と感じるか不快と感じるか左右それぞれについて聴取し,快群不快群に分類した。次に,壁に対する認知が変化する点を2種類の方法で測定した。具体的には,壁から徐々に側方に離れて壁に対する認知が少しでも変化した地点で止まる離脱法と,壁から3m離れた位置からに徐々に側方に近づき壁に対する認知が出現した地点で止まる接近法を用い,それぞれ壁からの距離を測定した。そして,離脱法及び接近法で測定したポイントをそれぞれ離脱点及び接近点とし,壁際を含む3点で重心動揺を測定した。測定時間は10秒間とし,参加者には前方の目印を見て直立するよう指示した。測定パラメーターは総軌跡長,実効値面積,左右及び前後方向の中心変位を用いた。また,全施行終了後に,壁の影響による重心位置の変化について自覚の有無を聴取した。
結果の解析にはRコマンダー2.8.1を用いた。独立変数を快適感分類(快・不快)及び測定条件(壁際・接近点もしくは離脱点)とし,従属変数を各測定値として分割プロットデザイン分散分析を行った。また,接近点と離脱点の関係を明確にするため左右それぞれについて相関係数を算出した。有意水準は全てp=0.05とした。
【結果】
総軌跡長,実効値面積,前後方向中心変位は有意な交互作用及び主効果がみられなかった。一方,左右方向中心変位については有意な交互作用を認め,単純主効果検定により不快群は快群と比較して壁際条件で有意に壁と逆側に変位する結果となった。また,壁際での重心変化は全体の約80%の参加者が無自覚であった。
接近点と離脱点の相関係数は,右壁で0.02(p=0.86),左壁で0.14(p=0.34)といずれも有意な相関はみられなかった。
【考察】
壁という物体から得られる視覚情報が快不快レベルの認知で評価されると,不快と評価した場合に無自覚的に壁から離れるように姿勢を変化させた。これは,感覚-認知-運動の相互作用が存在していることを示している。
また,認知の変化点は接近点および離脱点の2点に相関はみられず,壁際との比較にどちらを用いても結果はほぼ同様でであった。これは,壁に対する認知の変化は特定の地点で急に生じるのではなく緩やかに変化し,しかも参加者の評定感度がそれほど高くないことを示唆している。つまり,壁は日常的でマイルドな視覚刺激と考えられるが,そのような弱い刺激であっても無自覚的な姿勢制御の変化を生じさせることができるといえる。
【理学療法学研究としての意義】
今回の知見は臨床に重要な示唆を与えてくれる。例えば,健側の壁を不快と感じる患者に対する患側への立位荷重練習時に,健側に壁が存在するよう環境設定すれば無自覚的に患側へ荷重しやすくなる可能性がある。これは,身体機能的な問題がないにも関わらず患側へ荷重が困難な患者に対して有効な介入となるかもしれない。
本研究から,リハビリテーションへのアプローチにおいて姿勢制御のような行動に対する個人の環境認知の影響への配慮が必要だといえるだろう。