[P2-C-0775] 身体に対する注意と経頭蓋直流電気刺激法の組み合わせが慢性期脳卒中片麻痺患者の上肢機能に与える影響
二重盲検法による予備的検討
キーワード:経頭蓋直流電気刺激, 注意, 脳卒中
【はじめに,目的】
経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation:tDCS)は,頭蓋上に貼付した電極から微弱な直流電流を与えることで,大脳皮質興奮性を促進する手法(Nitche and Paulus, 2000)である。我々は第49回日本理学療法学術大会において,ターゲットとなる運動課題の直前にtDCSと身体に注意を向ける課題を組み合わせて実施すると,健常者の手指の運動課題成績が向上することを報告した。したがって,tDCSと身体への注意の組み合わせによるプレコンディショニングは,脳卒中片麻痺患者の上肢運動機能にも有効である可能性がある。本研究では,3名の脳卒中片麻痺患者を対象とした二重盲検法による予備実験の結果を報告する。
【方法】
慢性期の初発脳卒中片麻痺患者3名(平均年齢64.0±2.0歳,男性のみ,全員右片麻痺,平均発症後期間5.3年±3.3年)を対象とした。取り込み基準は,1)著明な認知機能,高次脳機能の低下がなく研究の理解と協力が得られる,2)上肢に明らかな関節可動域制限がない,3)重度な感覚障害がない,4)本研究で行う上肢運動機能評価が実施可能とした。上肢運動課題の直前に行う介入(プレコンディショニング)の違いが課題成績に与える影響について検討するために,被験者は異なる3つの介入条件の実験に参加した。(1)運動皮質への陽極刺激を行っている最中に,被験者は麻痺手に対し注意を向け感覚刺激の検出課題を行う(陽極刺激と注意課題の併用条件)。(2)偽刺激を行っている最中に,被験者は手に対し注意を向け感覚刺激の検出課題を行う(注意課題単独条件)。(3)陽極刺激を行っている最中に,手に対する注意は向けずに安静を保ち検出課題は行わない(陽極刺激単独条件)とした。tDCSの刺激強度はすべての条件で2mAとした。刺激時間を陽極刺激は10分間,偽刺激は最初の15秒間とした。刺激部位は,陽極電極を損傷半球上肢一次運動野,陰極電極を同側の上腕部とした。注意課題においては,単発の電気刺激(パルス幅1 ms)による麻痺手への感覚刺激を行った。刺激部位は麻痺側の母指内転筋とし,刺激強度は感覚閾値の1.1倍の強度で平均30秒に1回の頻度で提示した。各条件の実施順序は,被験者間でカウンターバランスを考慮し,1週間の期間を空けて実施した。被験者および上肢機能検査者には,介入の条件をマスクした(二重盲検化)。上肢運動機能の評価は簡易上肢機能検査:STEF(金子ら,1986)を用い,その中の4項目(大直方・木円盤・小立方・布)を選択した。各条件において,介入前後,および介入から1週間後にSTEFの各項目を2回実施した。各項目の課題達成に要した時間を測定し,2回のうち速い方の値を代表値とし,4項目を合計した値を評価として用いた。介入前の値をベースラインとし,介入直後および1週間後の課題遂行時間の変化率(%)を算出した。
【結果】
介入前と比較して,介入直後の3名の平均課題遂行時間は,陽極刺激と注意課題の併用条件では6.1±+6.8%(平均±標準偏差),陽極刺激単独条件では11.3±8.5%,注意単独条件では1.6±12.8%の遂行時間の減少が観察された。また介入から1週間後の平均課題遂行時間は,介入前と比較して陽極刺激と注意課題の併用条件では21.8±11.0%の遂行時間の減少が観察された一方で,陽極刺激単独条件では3.0±8.3%,注意単独条件では7.1±9.1%の遂行時間の増加が観察された。併用条件における1週間後の遂行時間の減少は3名全員に一貫して認められたが,陽極刺激および注意単独条件ではそのような一貫した傾向は認められなかった。
【考察】
介入直後には3条件間で大きな成績の差は観察されなかったが,介入から1週間後では,運動皮質への陽極刺激と手指への注意の組み合わせ条件のみにおいて上肢機能検査の成績を向上させることが示唆された。したがって,tDCSと注意の組み合わせによるプレコンディショニングは,実施した技能の定着や保持に対して促進効果を持つ可能性がある。今後はサンプルサイズを増やした実験を新たに行う必要がある。
【理学療法学研究としての意義】tDCSと身体への注意の組み合わせによるプレコンディショニングは,脳卒中片麻痺患者の上肢運動機能を改善させる可能性を示した。今後,脳卒中に対する理学療法に応用するための予備的研究として意義がある。
経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation:tDCS)は,頭蓋上に貼付した電極から微弱な直流電流を与えることで,大脳皮質興奮性を促進する手法(Nitche and Paulus, 2000)である。我々は第49回日本理学療法学術大会において,ターゲットとなる運動課題の直前にtDCSと身体に注意を向ける課題を組み合わせて実施すると,健常者の手指の運動課題成績が向上することを報告した。したがって,tDCSと身体への注意の組み合わせによるプレコンディショニングは,脳卒中片麻痺患者の上肢運動機能にも有効である可能性がある。本研究では,3名の脳卒中片麻痺患者を対象とした二重盲検法による予備実験の結果を報告する。
【方法】
慢性期の初発脳卒中片麻痺患者3名(平均年齢64.0±2.0歳,男性のみ,全員右片麻痺,平均発症後期間5.3年±3.3年)を対象とした。取り込み基準は,1)著明な認知機能,高次脳機能の低下がなく研究の理解と協力が得られる,2)上肢に明らかな関節可動域制限がない,3)重度な感覚障害がない,4)本研究で行う上肢運動機能評価が実施可能とした。上肢運動課題の直前に行う介入(プレコンディショニング)の違いが課題成績に与える影響について検討するために,被験者は異なる3つの介入条件の実験に参加した。(1)運動皮質への陽極刺激を行っている最中に,被験者は麻痺手に対し注意を向け感覚刺激の検出課題を行う(陽極刺激と注意課題の併用条件)。(2)偽刺激を行っている最中に,被験者は手に対し注意を向け感覚刺激の検出課題を行う(注意課題単独条件)。(3)陽極刺激を行っている最中に,手に対する注意は向けずに安静を保ち検出課題は行わない(陽極刺激単独条件)とした。tDCSの刺激強度はすべての条件で2mAとした。刺激時間を陽極刺激は10分間,偽刺激は最初の15秒間とした。刺激部位は,陽極電極を損傷半球上肢一次運動野,陰極電極を同側の上腕部とした。注意課題においては,単発の電気刺激(パルス幅1 ms)による麻痺手への感覚刺激を行った。刺激部位は麻痺側の母指内転筋とし,刺激強度は感覚閾値の1.1倍の強度で平均30秒に1回の頻度で提示した。各条件の実施順序は,被験者間でカウンターバランスを考慮し,1週間の期間を空けて実施した。被験者および上肢機能検査者には,介入の条件をマスクした(二重盲検化)。上肢運動機能の評価は簡易上肢機能検査:STEF(金子ら,1986)を用い,その中の4項目(大直方・木円盤・小立方・布)を選択した。各条件において,介入前後,および介入から1週間後にSTEFの各項目を2回実施した。各項目の課題達成に要した時間を測定し,2回のうち速い方の値を代表値とし,4項目を合計した値を評価として用いた。介入前の値をベースラインとし,介入直後および1週間後の課題遂行時間の変化率(%)を算出した。
【結果】
介入前と比較して,介入直後の3名の平均課題遂行時間は,陽極刺激と注意課題の併用条件では6.1±+6.8%(平均±標準偏差),陽極刺激単独条件では11.3±8.5%,注意単独条件では1.6±12.8%の遂行時間の減少が観察された。また介入から1週間後の平均課題遂行時間は,介入前と比較して陽極刺激と注意課題の併用条件では21.8±11.0%の遂行時間の減少が観察された一方で,陽極刺激単独条件では3.0±8.3%,注意単独条件では7.1±9.1%の遂行時間の増加が観察された。併用条件における1週間後の遂行時間の減少は3名全員に一貫して認められたが,陽極刺激および注意単独条件ではそのような一貫した傾向は認められなかった。
【考察】
介入直後には3条件間で大きな成績の差は観察されなかったが,介入から1週間後では,運動皮質への陽極刺激と手指への注意の組み合わせ条件のみにおいて上肢機能検査の成績を向上させることが示唆された。したがって,tDCSと注意の組み合わせによるプレコンディショニングは,実施した技能の定着や保持に対して促進効果を持つ可能性がある。今後はサンプルサイズを増やした実験を新たに行う必要がある。
【理学療法学研究としての意義】tDCSと身体への注意の組み合わせによるプレコンディショニングは,脳卒中片麻痺患者の上肢運動機能を改善させる可能性を示した。今後,脳卒中に対する理学療法に応用するための予備的研究として意義がある。