第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター3

支援工学理学療法1

Sun. Jun 7, 2015 9:40 AM - 10:40 AM ポスター会場 (展示ホール)

[P3-A-1094] 歩行中の姿勢安定化を目的としたウォーキング杖『R9-STICK』の効果とその適用

石間伏勝博1, 大浦由紀1, 渡部大地2, 森川英3, 浅井剛4 (1.株式会社セラピット, 2.神戸大学大学院保健学研究科, 3.酒井医療株式会社, 4.神戸学院大学総合リハビリテーション学部)

Keywords:杖, 歩行, 姿勢

【はじめに,目的】
運動機能の低下しがちな高齢者にとって杖は,ウォーキング運動を目的とした場合であっても,姿勢の安定を補償する形状であることが望ましい。しかし,このようなコンセプトに基づいた杖は少なく,ウォーキング運動における杖の選択肢は十分ではない。こうした状況の解消を目指して,自然な腕振りにおいても歩行中の支持基底面を拡大するウォーキング杖『R9-STICK』の開発を酒井医療株式会社とともに行った。R9-STICK(以下R9)は特許権等の知的財産権を取得し,その開発経緯は第47・49回日本理学療法学術大会にて発表を行った。しかし,その姿勢安定作用は十分に検討されておらず,どのような状況が最も適用であるかは分かっていない。よって本研究では,歩行中の体幹における振動を小型3軸加速度センサで測定し,自然歩行との比較によって,R9使用が歩行中の姿勢に与える影響について検討を行った。また,ウォーキング運動に広く用いられるNordic pole(以下Np)での歩行についても測定を行い,それぞれの影響を比較することによって,R9の適用について検討を行った。
【方法】
対象は歩行に影響を及ぼす運動器疾患や中枢性疾患のない健常成人20名(男性7名・女性13名,年齢:31.3±9.1歳,身長:163.3±7.8cm,体重:53.5±7.8kg)とした。対象者には事前に研究内容を書面にて説明し,同意を得たうえで測定を実施した。歩行測定では,対象者の第3腰椎棘突起部(L3),第7頸椎棘突起部(C7)および右踵部に小型3軸加速度センサ(MVP-RF8-HC-2000)をサージカルテープによって固定し,杖使用の条件(杖なし,Np,R9)について,加速区間・減速区間を各々2mと測定区間10mを設定し,平坦歩行路での主観的快適歩行と速歩の2条件,5度の勾配がある坂道で主観的快適歩行での上り下りの2条件を行ってもらい,その際の体幹の振動を計測した。杖の使用は,身長に応じた長さ調整を行い,杖先接地位置のバラツキを抑制するため使用時に手関節橈尺屈中間位を保つよう指導した。なお,R9はグリップと杖先にそれぞれ進行方向に15°の曲げ加工を行った全く新しい形状の杖である。また,比較検討のため用いたNpはキザキ社製のディフェンシブタイプNp(APAC-7H202)を使用した。
得られた加速度データから側方(medio-lateral,ML方向),前後(anterior-posterior,AP方向)の各方向の体幹における加速度の減衰率(Coefficient of attenuation of acceleration,CoA(%))を算出した。CoAは値が大きいほど,体幹下部を基準として体幹上部での振動が小さくなっていることを示している。統計解析は,歩行条件(快適歩行,速歩,坂道上り,坂道下り)のそれぞれに対して,「杖なし」をレファレンスとした条件間比較(paired t検定)を行った。なお,統計ソフトにはJMP ver11(SAS Institute Japan)を使用し統計学的有意水準は5%未満とした。
【結果】
速歩において,ML方向ではNp歩行が有意に大きな値を(p<0.05),AP方向ではR9歩行が有意に大きな値を示した(p<0.01)。坂道上りにおいて,AP方向では両歩行とも有意に大きな値を示した(Np歩行,p<0.05,R9歩行,p<0.01)。坂道下りにおいて,AP方向ではR9歩行が有意に大きな値を示した(p<0.05)。
【考察】
本研究結果から,杖によって得られる姿勢への効果は歩行条件によって異なることが示唆された。R9歩行は,前後方向への効果が強く,本研究で実施した速歩,坂道上り,坂道下りにおいて歩行中の姿勢安定性が高まっていた。このことから,R9は前後への不安定性を有する高齢者やそのような歩行路における歩行に対して適用があると考えられる。一方で,Np歩行は,歩行速度の速い歩行において,側方の安定性を高める可能性のあることが示唆された。
本研究結果から,歩行中の体幹の振動を小型センサを用いて測定・解析することで,杖の適用を検討することが可能であると考えられる。ただし,本研究においては,日常生活におけるその他の条件については検討しておらず,今後更なる研究が必要だと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
杖の選定は理学療法士の重要な業務の1つであり,その選定はそれぞれの杖が姿勢に及ぼす影響を定量的に評価したうえで行うことが望ましい。しかし,現在に至って,臨床的に使用可能な運動学的指標を用いて,その効果について定量的な考察を加えた研究は見当たらない。したがって,本研究の結果は,杖の選定における運動学的な方法を提示するとともに,その解釈の方法を示している点で理学療法研究としての意義があると考えられる。