第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター3

人体構造・機能情報学1

2015年6月7日(日) 10:50 〜 11:50 ポスター会場 (展示ホール)

[P3-B-0899] 肩関節回旋筋群に分布する肩甲上動脈の分布域の特徴と変動について

芹田透1, 工藤宏幸2, 坂井建雄2 (1.帝京科学大学東京理学療法学科, 2.順天堂大学医学部解剖学・生体構造科学講座)

キーワード:肩関節回旋筋群, 肩甲上動脈, 動脈分布域

【はじめに,目的】
肩関節回旋筋群は障害を起こしやすいため,臨床において常に注目されている部位であるにもかかわらず,障害発生に関係する筋内動脈走行に関する報告は少ない。過去に我々は肩関節回旋筋群に分布する動脈の詳細を調査し,その起始形態と分布域の関連について報告した。本研究では臨床分野における更なる肉眼解剖知見の応用を目的として,肩関節回旋筋群に分布する動脈の中でも,分布様式に著しい変動がみられた肩甲上動脈(Suprascapular artery:SPS)に着目し,分布域の特徴と変動について調査・検討した。
【方法】
観察は順天堂大学解剖学実習遺体12体14側(男性5体・右2側・左4側,女性7体・右7側・左1側)で行った。解剖は定型的な解剖手順に従い,始めに頸部,腋窩の解剖により鎖骨下動脈および腋窩動脈周囲を剖出し,肩関節回旋筋群に分布する動脈の起始と走行を観察した。その後,動脈が筋に進入した位置から動脈終枝方向へ,筋線維を除去しながら肉眼的に追究可能な範囲で筋内動脈を剖出し,その分布範囲を明らかにした。深部を走行する動脈の詳細を観察するため,動脈の剖出は筋を肩甲骨から剥離した後に行った。解剖により得られた観察所見はすべてスケッチと写真を用いて記録した。観察例には性差および左右差がみられなかったので,分析の効率化を図るため左側例を鏡像反転し,すべての観察面を右側例に揃えて,全観察例を一括して評価した。
【結果】
SPSが分布する筋について
SPSが分布していたのは棘上筋と棘下筋,肩甲下筋であった。棘上筋には全例でSPSが分布しており,筋のほぼ中央部から進入して裏面を走行し,その途中で筋の内側と外側に枝を出していた。棘下筋に分布していた例では,棘上筋を通過した後に肩甲棘基部を廻ったSPSが上方から進入し,筋の裏面を下方に走行しながら筋の内側と外側に枝を出していた。肩甲下筋にSPSが分布していた例では,腹側(肋骨面)と背側(肩甲骨面)の両側が分布域であった。SPSが全例で恒常的に分布していた棘上筋を除き,棘下筋1面と肩甲下筋の腹背側2面を合わせた3面への分布様式には個体差がみられた。14例のうち5例ではSPSが肩甲下筋の腹背側2面と棘下筋の合計3面全てに分布し,それらの分布域は上部及び中部領域に広がっていた。2例ではSPSが肩甲下筋腹側と棘下筋の2面に分布し,6例では3面のうちいずれか1面に分布していた。残りの1例ではSPSが肩甲下筋へ筋枝を出していないことに加え,動脈本幹が棘上筋内で終了していたため棘下筋まで達せず,その分布域は棘上筋のみに留まっていた。
SPSの起始・経路と分布域の関係について
SPSは鎖骨下動脈あるいは腋窩動脈領域から起始した後,棘上筋に進入していたが,そこに達するまでの起始・走行は2種類に分類することができた。1つは,鎖骨下動脈近位部の共通幹である甲状頸動脈から起始して肩甲下切痕に達し,上肩甲横靱帯の上方を通過する型(5例:近位・上方型)であり,他方は,遠位の腋窩動脈から直接起始して上肩甲横靱帯の下方を通過する型(9例:遠位・下方型)であった。棘下筋と肩甲下筋腹背側に分布していたSPSについて,分布域に与える起始・走行型の影響を分析した結果,両者の密接な関連が示唆された。SPSが棘下筋及び肩甲骨腹背側の全3面に広く範囲に分布していた5例は全て遠位・下方型であり,SPSが1及び2面に分布していた残りの9例は遠位・上方型であった。
【考察】
本研究の肉眼解剖所見より,SPSの分布域は起始形態・走行に影響を受けて,多様な変動を示すことが明らかとなった。分布域の変動性は,同名動脈の狭窄であっても,動脈血の阻血領域が個体により変化する可能性を示している。すなわち,生体において同名動脈が狭窄した場合でも,狭い領域に分布している症例では障害が軽度だが,広い領域に分布している症例では阻血により障害を受ける筋の種類と領域が拡大してしまうことが推測できる。臨床の場で遭遇する患者間における症状の個人差には,このような動脈分布様式の違いが関係している可能性がある。
【理学療法学研究としての意義】
骨格筋における阻血の発生には,動脈の筋内走行形態が影響を与えていると考えられる。そのため,筋内動脈の走行の特徴と個体による変動を理解することは,対象者の訴える症状の解釈や治療法の選択に役立つ可能性がある。