第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター3

人体構造・機能情報学3

Sun. Jun 7, 2015 1:10 PM - 2:10 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P3-C-0916] トレッドミル走行運動が老齢ラット血清における脳由来神経栄養因子の発現量に与える影響

金岡菜穂子, 才木涼, 新井南緒, 国分貴德, 村田健児, 金村尚彦 (埼玉県立大学)

Keywords:脳由来神経栄養因子, 運動, 血清

【はじめに,目的】
脳由来神経栄養因子(BDNF)は神経細胞の発生や成長,維持,修復に働き,さらに学習や記憶,情動,摂食,糖代謝などにおいても重要な働きをする分泌タンパク質であり,骨格筋や末梢神経などの末梢組織や多くの細胞で合成されている。BDNFは血液中にも存在し,その90%は血小板内に蓄えられている。バイオマーカーとして運動による血中BDNFの発現量を検証することは臨床において有用であると考えた。そこで本研究では,ラット血清におけるBDNF発現量に対する走行運動の影響を中年期および老齢期ラットで比較・検討し,老齢期の運動療法の意義の確立に役立てることを目的とした。

【方法】
Wistar系雄性ラット(日本SLC,浜松,日本)26匹(中年期群6ヵ月齢10匹,老齢期群2年齢16匹)を対象とし,走行群,非走行群とランダムに分類した(中年期走行群5匹,中年期非走行群5匹,老齢期走行群8匹,老齢期非走行群8匹)。飼育室の環境は気温23±1℃,湿度55±5%,12時間サイクルで明暗とした。すべてのラットにおいて,餌や給水は自由に摂取させた。走行群は小動物用トレッドミル(大阪マイクロシステムズ,大阪,日本)を使用し,傾斜0度で走行速度3.6m/min(10分)→5.8m/min(50分)の計60分を1日1回,週5回,4週間行った。実験終了後,2時間以内にペントバルビタールナトリウムを腹腔内投与し,心尖から血液を採取,凝結後に遠心分離(3000回転,10分)させて血清を抽出し,-100℃で急速凍結した。BDNF発現量の測定には,ELISA法を用い,BDNF Emax® Immunoassay System(Promega, Medison. USA)のプロトコールを使用した。iMarkTM Microplate Reader(BIO-RAD, Hercule, USA)にて吸光度を測定,BDNFの発現量を算出した。
【結果】
老齢期走行群,老齢期非走行群,中年期走行群,中年期非走行群の4群のBDNF発現量を比較した。それぞれの群におけるBDNF発現量を平均値±標準偏差で示す。BDNF発現量は,老齢期走行群が2.4±2.3 pg/ml,老齢期非走行群が2.3±1.1pg/ml,中年期走行群が2.5±0.7pg/ml,中年期非走行群が3.6±1.6pg/mlであった。統計の結果,一元配置分散分析では有意差が認められなかった。非走行群に比べ走行群におけるBDNF発現量の平均値は,老齢期は5%増加し,中年期は30%減少した。また,中年期と比較すると老齢期はBDNFの発現量が少なかった。
【考察】
中年期ラットの低強度長期間の走行運動で血清BDNFの発現量は減少した。また,中年期と老齢期のラットでの血清BDNFの発現量に違いがあった。Gomezら(2002)は,先行研究では若齢や成体ラットの1週間の走行運動によって脊髄や骨格筋のBDNFの発現量が増加したと報告した。Chaeら(2009)は薬物を投入し,老化を促進したモデルラットに対しトレッドミル走行を課すと,神経成長因子(NGF)や神経可塑性を示す因子が増加したとした。運動により組織上ではBDNFやNGFの発現量が増加する。ヒト老年者の血液研究では,運動により血清BDNFが増加する場合と変化がないとの結果が報告されている。BDNFの生理作用のひとつにエネルギー代謝がある。糖代謝の制御に主として関わり血糖を低下させることがわかっている。BDNF投与によって骨格筋や肝臓などで糖取り込みを促進し末梢組織での糖利用を高めることを介して糖代謝改善に関与し,ノルエピネフリンの代謝回転を亢進させエネルギー消費量を増大させると考えられている。中年期走行群の血清BDNFの発現量が非走行群と比較して減少したのは,運動によってエネルギー代謝機能が亢進し,骨格筋や肝臓などの他臓器のエネルギー代謝に必要なBDNFを得るために血中のBDNFを使用したためと考える。運動によって認知機能の向上が認められ海馬BDNFの発現の増加と血清BDNFの減少が認められている。また,発現量の増加が検証されている短期の運動ではなく長期間の運動であるため,運動への適応現象として運動によって産生される糖質コルチコイドによってBDNFの合成量が抑制され血中に貯蔵されるBDNFの量が減少した可能性もあると考える。老齢期走行群の血清BDNF発現量は非走行群とほぼ変わらない値であったが,老化により代謝機能が亢進しなかったか,BDNFの合成量が抑制されなかったためではないかと推察された。今後は運動強度や運動期間などの影響について明らかにする必要がある。
【理学療法研究としての意義】
神経栄養因子BDNFは神経生存や修復に関わっているだけはなく代謝機能にも関係している。運動と代謝機能との関連を検証することにより老齢期の適正な運動療法への方向性を示すことができると考えられる。