[P3-C-0919] サル視床痛モデルの確立と異常な痛みを引き起こす脳内変化
Keywords:慢性疼痛, 動物モデル, fMRI
【はじめに,目的】
脳卒中により視床に損傷を受けた患者の感じる痛み(視床痛)は,通常の生体防御反応としての痛みとは全く異なる病的なもので,その発症メカニズムは不明である。視床痛はしばしばアロディニア(または異痛症)と呼ばれる,通常は痛みを感じない感覚刺激に対しても激痛を感じる症状を示す。この症状が長く続くと鬱や不安を惹起し,さらに痛みに対する感受性を高める。損傷の直後ではなく,数週間後に視床痛を発症することや,向精神薬や認知行動療法が治療法として選択されていることから,その原因は脳の可塑性または神経活動の異常であることが予想される。近年,齧歯類で視床痛モデルが開発され発症メカニズムの解明が進められているが,視床痛患者で異常が指摘される高次感覚統合領域の構造が齧歯類とヒトでは大きく異なっていることが知られている。そのため,ヒトに近い脳構造を有するサルで視床痛モデルを確立し,視床痛を引き起こす遺伝子発現,神経細胞の活動異常,ダイナミックな神経ネットワークの変化といったミクロからマクロレベルの脳内変化を解明することを目的とした。
【方法】
成体マカクサル3頭(体重:7.0-9.0kg)を用いた。視床痛の原因病巣の一つである視床後外側腹側核(VPL)の部位を,磁気共鳴画像法(MRI)と電気生理学的手法を組み合わせることで特定した。当該部位に血管壁融解酵素であるコラゲネースtypeIV(200U/ml,Sigma)を3頭異なる量(4,8,16μl)投与し,脳出血を誘発させた。損傷作成後,経時的に損傷領域をMRIで確認すると共に,行動実験①,②によって非侵害刺激からの逃避行動を客観的に評価した。①von Frey式痛覚測定装置を使い,機械刺激をサル手指に与え,刺激を回避した時点の圧(g)を計測した。②サーモプレートを使い温熱刺激を手指に与え,回避するまでの時間(s)を計測した。損傷3か月後,行動テストで有意な差を認められた温度刺激と機械刺激を用いて,脳内鎮痛作用がないプロポフォール持続投与下で機能的磁気共鳴画像(fMRI)の撮像を行った。
【結果】
T2-MRIによる脳画像,また,脳切片のNissl染色によって,視床VPL核を中心に限局した損傷が確認された。行動実験の①,②共に損傷後3週以降,損傷半球と対側の手指の回避反応が損傷前と比べて有意に増加した。損傷半球と同側の手指では対側と比べて顕著な回避反応の増加が見られなかったものの,コラゲネースIV投与量が多い個体では,損傷同側手指にも回避行動を示す傾向があった。有意な回避行動を示した50℃の温熱刺激と,示さなかった37℃の刺激を損傷対側手指に与え,fMRIを行った結果,損傷側の前部島皮質,前帯状回,両側の一次体性感覚野及び腹側被蓋野の活動が50℃の温熱刺激では有意に上昇していた(P<0.01)。
【考察】
マカクサルに限局した視床出血を作成することで,アロディニアを呈する視床痛モデルを確立した。損傷対側手指に対してアロディニアを発症する時間経過と,感覚刺激に対する脳活動は視床痛患者と相似していた。特に興味深いことに,損傷対側手指の刺激に対して両側の腹側被蓋野の活動亢進が見られた。兼ねてより示唆されていた疼痛の受容に伴う不安,鬱,恐怖,嫌悪といった不快情動に寄与する,島皮質,前部帯状回の活動と,今回確認された情動や報酬系に関与する腹側被蓋野の活動亢進は,視床痛患者特有の情動形成に密接に関与していると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究によって確立された,サル視床痛モデルによって,病態メカニズムの解明に加え,効果的なリハビリテーション,薬剤の開発や磁気刺激療法といった治療技術の開発への展望が望める。また,本研究のさらなる展開,発展によって,視床痛の病態解明だけに留まらず,脊髄損傷や四肢切断後に発症する神経障害性疼痛に関わる脳内変化が解明されると期待される。
脳卒中により視床に損傷を受けた患者の感じる痛み(視床痛)は,通常の生体防御反応としての痛みとは全く異なる病的なもので,その発症メカニズムは不明である。視床痛はしばしばアロディニア(または異痛症)と呼ばれる,通常は痛みを感じない感覚刺激に対しても激痛を感じる症状を示す。この症状が長く続くと鬱や不安を惹起し,さらに痛みに対する感受性を高める。損傷の直後ではなく,数週間後に視床痛を発症することや,向精神薬や認知行動療法が治療法として選択されていることから,その原因は脳の可塑性または神経活動の異常であることが予想される。近年,齧歯類で視床痛モデルが開発され発症メカニズムの解明が進められているが,視床痛患者で異常が指摘される高次感覚統合領域の構造が齧歯類とヒトでは大きく異なっていることが知られている。そのため,ヒトに近い脳構造を有するサルで視床痛モデルを確立し,視床痛を引き起こす遺伝子発現,神経細胞の活動異常,ダイナミックな神経ネットワークの変化といったミクロからマクロレベルの脳内変化を解明することを目的とした。
【方法】
成体マカクサル3頭(体重:7.0-9.0kg)を用いた。視床痛の原因病巣の一つである視床後外側腹側核(VPL)の部位を,磁気共鳴画像法(MRI)と電気生理学的手法を組み合わせることで特定した。当該部位に血管壁融解酵素であるコラゲネースtypeIV(200U/ml,Sigma)を3頭異なる量(4,8,16μl)投与し,脳出血を誘発させた。損傷作成後,経時的に損傷領域をMRIで確認すると共に,行動実験①,②によって非侵害刺激からの逃避行動を客観的に評価した。①von Frey式痛覚測定装置を使い,機械刺激をサル手指に与え,刺激を回避した時点の圧(g)を計測した。②サーモプレートを使い温熱刺激を手指に与え,回避するまでの時間(s)を計測した。損傷3か月後,行動テストで有意な差を認められた温度刺激と機械刺激を用いて,脳内鎮痛作用がないプロポフォール持続投与下で機能的磁気共鳴画像(fMRI)の撮像を行った。
【結果】
T2-MRIによる脳画像,また,脳切片のNissl染色によって,視床VPL核を中心に限局した損傷が確認された。行動実験の①,②共に損傷後3週以降,損傷半球と対側の手指の回避反応が損傷前と比べて有意に増加した。損傷半球と同側の手指では対側と比べて顕著な回避反応の増加が見られなかったものの,コラゲネースIV投与量が多い個体では,損傷同側手指にも回避行動を示す傾向があった。有意な回避行動を示した50℃の温熱刺激と,示さなかった37℃の刺激を損傷対側手指に与え,fMRIを行った結果,損傷側の前部島皮質,前帯状回,両側の一次体性感覚野及び腹側被蓋野の活動が50℃の温熱刺激では有意に上昇していた(P<0.01)。
【考察】
マカクサルに限局した視床出血を作成することで,アロディニアを呈する視床痛モデルを確立した。損傷対側手指に対してアロディニアを発症する時間経過と,感覚刺激に対する脳活動は視床痛患者と相似していた。特に興味深いことに,損傷対側手指の刺激に対して両側の腹側被蓋野の活動亢進が見られた。兼ねてより示唆されていた疼痛の受容に伴う不安,鬱,恐怖,嫌悪といった不快情動に寄与する,島皮質,前部帯状回の活動と,今回確認された情動や報酬系に関与する腹側被蓋野の活動亢進は,視床痛患者特有の情動形成に密接に関与していると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究によって確立された,サル視床痛モデルによって,病態メカニズムの解明に加え,効果的なリハビリテーション,薬剤の開発や磁気刺激療法といった治療技術の開発への展望が望める。また,本研究のさらなる展開,発展によって,視床痛の病態解明だけに留まらず,脊髄損傷や四肢切断後に発症する神経障害性疼痛に関わる脳内変化が解明されると期待される。