5:30 PM - 5:45 PM
[AG-02] 心理社会的ストレスモデル動物の栄養・代謝に関する研究
動物の成長や増体,また家畜生産性にとってマイナスの影響をおよぼす様々な環境要因が知られている.例えば暑熱ストレスなどは家畜生産性を下げるため,対策が講じられている.環境要因のなかでも,集約的畜産の現場などで頻発する動物個体間における心理社会的ストレスは,動物管理上,その悪影響を抑止しにくい.これらのストレスは動物のQuality of lifeを大きく下げ,生産性にも影響するため,抜本的な対策が必要である.本研究では,心理社会的ストレスを緩和したり,ストレスへの抵抗性(レジリエンス)を付与する飼料資源を探索するために,まず心理社会的ストレスが動物の栄養・代謝に与える影響について解明することを目標とした.研究に着手するにあたって,実験ツールや既存データの豊富さ,飼育管理の簡便さなどから,ラットおよびマウスを供試動物として用いた.そこで,以下の研究を行った.
1.心理社会的ストレスモデルの摂食行動に関する研究
心理社会的ストレスモデルとして慢性社会的敗北ストレスを暴露したラットを用いた.このモデルは,週齢の異なるウイスター雄ラットの間に起こる闘争を利用し作製した.通常,より若齢のラットが闘争に敗北し社会的に劣位になるが,この社会的劣位の状況を5週間にわたって経験させ,モデルを作製した.このモデルは比較的妥当なうつ病モデルとしても知られ,うつ病の病態メカニズムの解明に貢献している.本研究では,このモデルの副腎が肥大し,脳の海馬において脳由来神経成長因子シグナルの下流に位置する分裂促進因子活性化プロテインキナーゼ(MAPK)カスケードが抑制されていることを明らかにしたが,この抑制はMAPK脱リン酸化酵素Iの発現量の亢進が原因であった.
このモデルラットでは,増体量と体脂肪量が対照群のラットと比較して低値であった.また,摂食抑制ホルモンである血液中レプチンレベルは低く,摂食量は対照群よりも少なかった.そこで,摂食行動の制御因子であるマロニル‐補酵素A(CoA)に着目した.視床下部のマロニル‐CoAレベルが上昇すると摂食行動が抑制されることが知られている.そこで本モデルの視床下部マロニル‐CoAを分析したところ,対照群と比較して高値であった.一方,このストレスモデルの摂食量は対照群の80%から90%であったが,80%から90%に給餌量を抑えた慢性的制限給餌モデルラットを作製したところ,視床下部のマロニル‐CoA濃度は対照群と比較し低値であった.以上により,慢性的な心理社会的ストレスは,視床下部におけるマロニル‐CoAレベルを上げ,摂食行動を抑制した結果,増体を抑制することが示唆された.本研究により,心理社会的ストレスによる食欲不振の機序の一端を明らかにした.
2.心理社会的ストレスモデルの代謝に関する研究
本研究では,前述の通りモデルとしてラットを使用してきたが,世界的にはCD1(ICR)雄マウスによりC57BL/6J(B6)雄マウスを社会的に敗北させるパラダイムが標準となってきたので,本研究でも本法を取り入れて慢性社会的敗北ストレスマウスを作製し,解析に用いた.ストレスモデルマウスの摂食量は,対照群のマウスと比較し,むしろ増加する傾向にあり,その増体は亢進した.また,ストレス暴露期間中には飲水量が増加し,マウスの体水分率も増加した.このモデルマウスはICRマウスへの接近を避ける行動(社会的忌避行動)を示し,巣作りが対照群と比較して遅延する行動異常も示した.一方,このマウスモデルの血漿,肝臓,および盲腸内容物をメタボロームやメタゲノムなどの網羅的手法で解析し,心理社会的ストレスで胆汁酸代謝や盲腸内容物細菌叢が変化することを明らかにした.また,非精製の飼料原料で調製した通常飼料(非精製飼料)を給与したマウスは,精製原料で調製した飼料(精製飼料)を給与したマウスよりも心理社会的ストレスに対してレジリエンスであることを発見した.そこで,精製飼料と非精製飼料をそれぞれB6マウスに給与して,慢性社会的敗北ストレスモデルマウスを作製し,そのマウスの血漿,肝臓,盲腸内容物のメタボローム解析を実施したところ,レジリエンスに関与すると考えられる代謝産物が見つかった.
以上のように,本研究では心理社会的ストレスが主に動物の栄養・代謝に与える影響を明らかにしてきた.研究の過程で,心理社会的ストレスは巣作りのような本能行動にも影響を与えることが明らかになった.本研究で得た成果をもとに,将来的には,心理社会的ストレスを緩和したり,動物のレジリエンスを付与する飼料資源を探索し,家畜生産の現場に資する技術の確立に貢献したいと考えている.
1.心理社会的ストレスモデルの摂食行動に関する研究
心理社会的ストレスモデルとして慢性社会的敗北ストレスを暴露したラットを用いた.このモデルは,週齢の異なるウイスター雄ラットの間に起こる闘争を利用し作製した.通常,より若齢のラットが闘争に敗北し社会的に劣位になるが,この社会的劣位の状況を5週間にわたって経験させ,モデルを作製した.このモデルは比較的妥当なうつ病モデルとしても知られ,うつ病の病態メカニズムの解明に貢献している.本研究では,このモデルの副腎が肥大し,脳の海馬において脳由来神経成長因子シグナルの下流に位置する分裂促進因子活性化プロテインキナーゼ(MAPK)カスケードが抑制されていることを明らかにしたが,この抑制はMAPK脱リン酸化酵素Iの発現量の亢進が原因であった.
このモデルラットでは,増体量と体脂肪量が対照群のラットと比較して低値であった.また,摂食抑制ホルモンである血液中レプチンレベルは低く,摂食量は対照群よりも少なかった.そこで,摂食行動の制御因子であるマロニル‐補酵素A(CoA)に着目した.視床下部のマロニル‐CoAレベルが上昇すると摂食行動が抑制されることが知られている.そこで本モデルの視床下部マロニル‐CoAを分析したところ,対照群と比較して高値であった.一方,このストレスモデルの摂食量は対照群の80%から90%であったが,80%から90%に給餌量を抑えた慢性的制限給餌モデルラットを作製したところ,視床下部のマロニル‐CoA濃度は対照群と比較し低値であった.以上により,慢性的な心理社会的ストレスは,視床下部におけるマロニル‐CoAレベルを上げ,摂食行動を抑制した結果,増体を抑制することが示唆された.本研究により,心理社会的ストレスによる食欲不振の機序の一端を明らかにした.
2.心理社会的ストレスモデルの代謝に関する研究
本研究では,前述の通りモデルとしてラットを使用してきたが,世界的にはCD1(ICR)雄マウスによりC57BL/6J(B6)雄マウスを社会的に敗北させるパラダイムが標準となってきたので,本研究でも本法を取り入れて慢性社会的敗北ストレスマウスを作製し,解析に用いた.ストレスモデルマウスの摂食量は,対照群のマウスと比較し,むしろ増加する傾向にあり,その増体は亢進した.また,ストレス暴露期間中には飲水量が増加し,マウスの体水分率も増加した.このモデルマウスはICRマウスへの接近を避ける行動(社会的忌避行動)を示し,巣作りが対照群と比較して遅延する行動異常も示した.一方,このマウスモデルの血漿,肝臓,および盲腸内容物をメタボロームやメタゲノムなどの網羅的手法で解析し,心理社会的ストレスで胆汁酸代謝や盲腸内容物細菌叢が変化することを明らかにした.また,非精製の飼料原料で調製した通常飼料(非精製飼料)を給与したマウスは,精製原料で調製した飼料(精製飼料)を給与したマウスよりも心理社会的ストレスに対してレジリエンスであることを発見した.そこで,精製飼料と非精製飼料をそれぞれB6マウスに給与して,慢性社会的敗北ストレスモデルマウスを作製し,そのマウスの血漿,肝臓,盲腸内容物のメタボローム解析を実施したところ,レジリエンスに関与すると考えられる代謝産物が見つかった.
以上のように,本研究では心理社会的ストレスが主に動物の栄養・代謝に与える影響を明らかにしてきた.研究の過程で,心理社会的ストレスは巣作りのような本能行動にも影響を与えることが明らかになった.本研究で得た成果をもとに,将来的には,心理社会的ストレスを緩和したり,動物のレジリエンスを付与する飼料資源を探索し,家畜生産の現場に資する技術の確立に貢献したいと考えている.