[S4-02] ニホンジカの農林業被害とその対応策
従来のような猟友会への委託では体制的にも技術的にも不十分となってきた.そこで,環境省は鳥獣保護法を改定し,集中的かつ広域に管理を図る必要がある動物種に対して国や都道府県が捕獲事業を行う「指定管理鳥獣捕獲等事業」,猟友会以外でも民間事業者が捕獲事業に参入できる「認定鳥獣捕獲事業者制度」を作った.これにより,専門的捕獲事業者が事業化できる可能性が開かれた.
イヌや人で追回す巻狩りのようなシカの警戒心を高める方法から,シカの慣れが生じにくい手法が導入されつつある.例えば,餌で誘引した小集団に対して,数秒間の連射で全個体の急所に銃弾を命中させ,生き残りを出さない方法などである.この方法では狩猟にはない技術が必要となる.趣味で狩猟を行ってきたハンターではなく,高い技能を備えた専門的・職能的捕獲技術者による効率的・効果的な捕獲体制で実施される科学性と計画性のある捕獲が必要となっている.少数ながら,すでにこのような集団・団体が活動を始めている.
市町村では予算も人材も限られ,対策が困難である.しかし,長野県小諸市では,猟友会に依存しない行政直轄の捕獲体制を整え,実績を挙げている.狩猟免許取得者が非常勤公務員として雇用され,捕獲実施隊として行政の指揮の下で活動している.また,これまで高額の税金を投入して焼却されていた捕獲個体は,加工施設でペットフードとして活用され始めた.ジビエは厚生労働省の衛生基準のクリアが必要で,捕獲から処理までの時間も制限される.また,シカに苦痛を与えるとストレスで食味が悪くなるので,美味しい肉を取るためには腹部ではなく頭部か頚部を撃って即死させる必要がある.緊急で大量の捕獲が必要な場合は,ジビエ利用は効果的ではない.鹿肉ペットフードは,運搬時間の制約も捕獲法の制約もなく,野生動物管理には適している.しかし,販売価格が安いことが欠点である.麻布大学では文部科学省の研究ブランディング事業として,ペットの健康に対する鹿肉の効果の検証実験を行い,鹿肉ペットフードの付加価値を高める研究を行っている.
しかし,ジビエはハンターを経済的に支え,ハンターの減少を抑えられる可能性がある.また,狩猟期に一定数がハンターに捕獲されることは,野生動物の爆発的な増加を未然に抑えることにもなる.衛生上の注意を十分に行うことを前提に,ジビエ利用も野生動物管理を支える活動となると考えられる.
略歴:麻布大学 獣医学部野生動物学研究室 准教授.1957年生.2009年から現職.専門:動物社会生態学・動物行動学.軽井沢でエコツーリズムを展開する企業に15年間勤務.自然ガイドや,クマの保全活動に従事.宮城県の離島で150頭のシカを個体識別して約30年間追跡し,行動や生態を研究.近年はシカの管理に関する仕事も行う.