[PPS-04] ウシの生産における代謝プログラミングの可能性
【要旨】
近年、動物は、胎仔期や新生仔期の栄養的刺激等により、DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現の変化及び最終的な表現型の変化を伴うことが明らかとなってきた。いわゆるエピジェティクスという学問分野として注目されている。演者らの研究室では、黒毛和種を用いて栄養制御による胎仔や新生時期仔牛の骨格筋や肝、脂肪組織をはじめとする様々な器官の表現型、それらを構築する細胞のDNAがメチル化をはじめとするエピジェネティクス修飾をどのように受けるのかを探索し、胎仔期及び新生仔期の栄養制御とエピジェネティクス修飾機構、さらにその表現型、最終的な肥育後の産肉性や肉質との関係性を検討している。生物は発生・分化の各段階において、必要なゲノムの遺伝子のみを発現させ、不要な遺伝子の発現を止める。生物は、遺伝情報の時系列的かつ選択的な厳密な調節を行う。この調節、すなわち遺伝子発現の制御により、同じゲノムを持つ細胞が心臓や肺や脳神経など形も機能も異なる組織や臓器に分化し、その状態のまま体内で長く維持される。これは基盤的なエピジェネティクスのシステムであると言える。さらに、病気との関連で研究されてきたエピジェネティクスには可塑性があり、遺伝子発現の状態が、環境や生活習慣などの外部からの刺激や老化などの影響を受けて変化することが報告されている。近年、実験動物を用いた研究が医学分野で進んでいる。これはDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease:成長過程の栄養状態や環境因子の作用に起因する疾患の発生) という概念として医学分野で捉えられ、エピジェネティクス研究分野と関連して代謝プログラミングあるいは代謝インプリンティングとも呼ばれる。演者らは、これまで和牛を用いて、エピジェネティクスの感受性期である新生仔期の栄養を制御した後に粗飼料(牧草等の植物資源飼料)を主体で肥育した場合に、最終的な肉量と肉質が大きく向上することを明らかとした。和牛は、脂肪交雑に関してユニークな遺伝的能力を持っている。さらに妊娠期の母牛の栄養制御により和牛胎仔期のエピゲノムを制御できれば、さらなる肉量や肉質の向上が図られるのではないかと考えている。しかしながら、妊娠牛の胎仔への栄養制御は、胎盤バリアや妊娠牛自身の個々の代謝が影響するため、胎仔のエピゲノム制御は障壁があり、そのインパクトを最適に制御できるかは不明である。これまで演者らは和牛を用いて、新生仔期プログラミングにより、粗飼料で肥育した場合に、肉質に関連した遺伝子群、例えば脂肪細胞分化のマスタージーンのPPARγやそのヘテロダイマーとして働くCEBPαの発現は、栄養処理中の初期成長期における発現が高いだけでなく、粗飼料のみの肥育における中期から後期にかけて、プログラミング処理区で発現が高くなることを明らかとした。他の肉質遺伝子群でも同様の差異を見せた。マイクロアレイ解析でも初期成長期の栄養の違いにより、肥育期の飼料を同様の粗飼料にした場合にも、経時的に遺伝子発現の変化が認められた。また、現在個別の遺伝子群に関して、DNAメチル化解析も実施しており、生後の初期成長期の栄養制御でも産肉性や肉質に関するエピジェネティクス制御が可能なことを示している。しかしながら、この方式では肉質等級は2等級から良質なもので3等級であるが、30カ月齢時の仕上がり体重600-650㎏であり、さらなる増体が欲しいとこである。一方でこの代謝プログラミングでは既存の肥育方式と比較してコストは半分程度になるものの、演者らのマーケティング調査から、これでは農家が一定の利益を得るには、依然としてコストが高い。さらなる、粗飼料をベースとした効率的な飼養技術開発が必要である。それを目指すため、胚発生から分化、体形成が行われる最も感受性の高い胎仔期のエピゲノムを、母牛へ与える栄養で制御できれば、生後のさらなる肉質や肉量の増加が可能となるのではと考えている。和牛における母牛の摂取する栄養と胎仔のエピジェネティクス動態への影響、まず、栄養の違いにより、どの器官がその影響を強く受けて、どの器官がうけないのか、具体的には、それぞれの器官を構成する細胞のDNAがどのようにメチル化修飾を受けるのか、あるいは受けないのかを明らかにしたいと研究を進めている。本講演では、胎仔期や新生仔期の栄養と表現型の関係を中心に紹介したい。
【略歴歴】
1997年03月 博士(農学、九州大学)の学位取得
1997年03月 九州大学農学部 助手 (その後2000年に助教)
2000年08月 九州大学大学院農学研究院 助教授(その後2007年に准教授)
2017年05月 鹿児島大学学術研究院農水産獣医学域農学系教授、兼務 九州大学客員教授 現在に至る
近年、動物は、胎仔期や新生仔期の栄養的刺激等により、DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現の変化及び最終的な表現型の変化を伴うことが明らかとなってきた。いわゆるエピジェティクスという学問分野として注目されている。演者らの研究室では、黒毛和種を用いて栄養制御による胎仔や新生時期仔牛の骨格筋や肝、脂肪組織をはじめとする様々な器官の表現型、それらを構築する細胞のDNAがメチル化をはじめとするエピジェネティクス修飾をどのように受けるのかを探索し、胎仔期及び新生仔期の栄養制御とエピジェネティクス修飾機構、さらにその表現型、最終的な肥育後の産肉性や肉質との関係性を検討している。生物は発生・分化の各段階において、必要なゲノムの遺伝子のみを発現させ、不要な遺伝子の発現を止める。生物は、遺伝情報の時系列的かつ選択的な厳密な調節を行う。この調節、すなわち遺伝子発現の制御により、同じゲノムを持つ細胞が心臓や肺や脳神経など形も機能も異なる組織や臓器に分化し、その状態のまま体内で長く維持される。これは基盤的なエピジェネティクスのシステムであると言える。さらに、病気との関連で研究されてきたエピジェネティクスには可塑性があり、遺伝子発現の状態が、環境や生活習慣などの外部からの刺激や老化などの影響を受けて変化することが報告されている。近年、実験動物を用いた研究が医学分野で進んでいる。これはDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease:成長過程の栄養状態や環境因子の作用に起因する疾患の発生) という概念として医学分野で捉えられ、エピジェネティクス研究分野と関連して代謝プログラミングあるいは代謝インプリンティングとも呼ばれる。演者らは、これまで和牛を用いて、エピジェネティクスの感受性期である新生仔期の栄養を制御した後に粗飼料(牧草等の植物資源飼料)を主体で肥育した場合に、最終的な肉量と肉質が大きく向上することを明らかとした。和牛は、脂肪交雑に関してユニークな遺伝的能力を持っている。さらに妊娠期の母牛の栄養制御により和牛胎仔期のエピゲノムを制御できれば、さらなる肉量や肉質の向上が図られるのではないかと考えている。しかしながら、妊娠牛の胎仔への栄養制御は、胎盤バリアや妊娠牛自身の個々の代謝が影響するため、胎仔のエピゲノム制御は障壁があり、そのインパクトを最適に制御できるかは不明である。これまで演者らは和牛を用いて、新生仔期プログラミングにより、粗飼料で肥育した場合に、肉質に関連した遺伝子群、例えば脂肪細胞分化のマスタージーンのPPARγやそのヘテロダイマーとして働くCEBPαの発現は、栄養処理中の初期成長期における発現が高いだけでなく、粗飼料のみの肥育における中期から後期にかけて、プログラミング処理区で発現が高くなることを明らかとした。他の肉質遺伝子群でも同様の差異を見せた。マイクロアレイ解析でも初期成長期の栄養の違いにより、肥育期の飼料を同様の粗飼料にした場合にも、経時的に遺伝子発現の変化が認められた。また、現在個別の遺伝子群に関して、DNAメチル化解析も実施しており、生後の初期成長期の栄養制御でも産肉性や肉質に関するエピジェネティクス制御が可能なことを示している。しかしながら、この方式では肉質等級は2等級から良質なもので3等級であるが、30カ月齢時の仕上がり体重600-650㎏であり、さらなる増体が欲しいとこである。一方でこの代謝プログラミングでは既存の肥育方式と比較してコストは半分程度になるものの、演者らのマーケティング調査から、これでは農家が一定の利益を得るには、依然としてコストが高い。さらなる、粗飼料をベースとした効率的な飼養技術開発が必要である。それを目指すため、胚発生から分化、体形成が行われる最も感受性の高い胎仔期のエピゲノムを、母牛へ与える栄養で制御できれば、生後のさらなる肉質や肉量の増加が可能となるのではと考えている。和牛における母牛の摂取する栄養と胎仔のエピジェネティクス動態への影響、まず、栄養の違いにより、どの器官がその影響を強く受けて、どの器官がうけないのか、具体的には、それぞれの器官を構成する細胞のDNAがどのようにメチル化修飾を受けるのか、あるいは受けないのかを明らかにしたいと研究を進めている。本講演では、胎仔期や新生仔期の栄養と表現型の関係を中心に紹介したい。
【略歴歴】
1997年03月 博士(農学、九州大学)の学位取得
1997年03月 九州大学農学部 助手 (その後2000年に助教)
2000年08月 九州大学大学院農学研究院 助教授(その後2007年に准教授)
2017年05月 鹿児島大学学術研究院農水産獣医学域農学系教授、兼務 九州大学客員教授 現在に至る