The 131st Annual Meeting of Japanese Society of Animal Science

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授賞式・受賞者講演

授賞式・受賞者講演

Tue. Sep 19, 2023 3:00 PM - 4:00 PM Venue 1 (Auditorium)

[AW-04] ウシ細胞内小胞体機能の解明と乳および肉生産性向上への応用に関する研究

*Shinichi Yonekura1 (1. Shinshu University)

泌乳牛における乳量の増減がどのようにして起こるのか、その生理的メカニズムの全貌は未解明である。乳量は、乳腺上皮細胞の細胞数と活性の度合いによって決まることが知られているが、その細胞内機構は全く明らかになっていない。また、肉生産において核となる骨格筋細胞の分化における細胞内機能についても不明である。
 本研究は、細胞生理学的観点から、乳腺上皮細胞の乳生産の制御機構について、分泌タンパク質を合成・修飾するオルガネラである小胞体に着目した。また、骨格筋細胞の分化における小胞体についても注目した。細胞内において大量のタンパク質合成により小胞体機能が疲弊すると変性タンパク質が蓄積し、小胞体ストレスが発生する。小胞体ストレスは、3つの特異センサータンパク質によって感知され、小胞体の恒常性を維持するためにUPR (unfolded protein response)を発動する。UPRは細胞の生死を規定する重要なシステムでもある。乳量増減とUPRとの関連性に着目した一連の研究によって、小胞体のUPRが乳腺上皮細胞の細胞数と活性能を決定する細胞内機構の鍵であることを発見し、乳腺上皮細胞の小胞体機能をターゲットにして乳量を制御できる可能性を示唆した。さらに乳牛個体を用いた実験により、負のエネルギーバランスに陥ると生体内で小胞体ストレスが発生することを見出し、小胞体ストレスを緩和する新規飼料資材の開発を行った。また、ウシの骨格筋分化とUPRとの関連性についても研究を行い骨格筋細胞の分化においても、小胞体のUPRが重要な役割を有していることを明らかにした。その研究成果は、以下に要約される。
乳量減少と小胞体機能との関連性
 分娩後の乳牛の乳腺組織では、強い小胞体ストレスが発生しており、UPRが活性化することで乳腺上皮細胞死が生じていることを見出した。また小胞体ストレスの強度と乳量との間には有意な負の相関があることを明らかにし、UPRは乳量減少に関与する細胞内の決定因子であることを見出した。また、高泌乳牛ほど分娩後に負のエネルギーバランスに陥るが、その際、脂肪組織から動員される飽和脂肪酸によって乳腺上皮細胞は強い小胞体ストレスが惹起され、PERK-CHOP経路が活性化し、アポトーシスが誘導されることを明らかにした。
小胞体ストレスを緩和する飼料添加剤の同定  
 ヘムの構成要素である5-アミノレブリン酸を乳腺上皮細胞の培養培地に添加することで、41℃の熱刺激や飽和脂肪酸による小胞体ストレス惹起と細胞死が抑制されることを見出した。乳牛個体を用いた試験より、負のエネルギーバランスに陥ると生体内で小胞体ストレスが発生することを明らかにするとともに、5-アミノレブリン酸や、胆汁酸の一種であるウルソデオキシコール酸を飼料に添加することで、エネルギー不足によって生じる小胞体ストレスの発生を低減できることを見出した。以上の結果から、5-アミノレブリン酸やウルソデオキシコール酸を分娩後の乳牛の飼料資材として活用できることが期待される。
乳腺発達およびミルク産生と小胞体機能との関連性
 41℃の熱刺激によって、強い小胞体ストレスを惹起し細胞死を引き起こすことを見出した。暑熱ストレスが乳腺上皮細胞に対して、強い小胞体ストレスを惹起し、細胞死を引き起こしている可能性が考えられる。一方、39℃のマイルドな温度刺激では、41℃の熱刺激とは真逆で、細胞死は誘発されず、むしろ、UPRの活性を介して乳腺上皮細胞のカゼイン発現を高めることを明らかにした。さらに、UPRは小胞体を拡張することで更なる乳生産向上に寄与していることを発見した。また、小胞体タンパク質であり、UPR と関連があるPeg1が乳腺組織の発達に関与していることも明らかにした。一連の研究より、UPRはミルク合成を高めるための重要な経路であり、その経路の制御が生産性の向上につながることを世界で初めて明らかにした。
骨格筋分化と小胞体機能との関連性
 食肉の主体である骨格筋の分化過程においてもUPRの1経路であるIRE1-XBP1経路が関与していることを明らかとした。また、乳腺上皮細胞と同様に、39℃のマイルドな温度刺激によって骨格筋分化が促進されることを見出した。さらに、温度刺激によってIRE1-XBP1経路が活性化し分化促進に関与するマイオカインの分泌を促すことで骨格筋分化を促進していることも明らかとした。
 これらの研究結果は乳腺上皮細胞や筋肉細胞の小胞体機能をターゲットにして乳量や肉量を制御するという新しい技術開発の可能性を示唆し、小胞体ストレスを緩和する新規飼料資材の開発を行い、実用技術として応用する道を切り開いた。今後、細胞生理学という基礎研究を、畜産現場で実用化可能なレベルまで発展させることで、畜産業や畜産学という学問に貢献していきたい。