1:05 PM - 1:35 PM
[CPS-02] 放牧による牛肉生産の課題と可能性
日本の食料自給率(カロリーベース)は38%と低く維持されて久しいが、その大きな原因のひとつが25%と非常に低い飼料自給率といっても間違いではない。とくに肉用牛飼養において、肥育牛に給与する飼料の構成は約90%が濃厚飼料であり、我が国の牛肉生産に必要な飼料の多くを海外からの輸入穀物に依存しているのが現状である。日本人が育種改良を重ねて作り出した、日本人の嗜好に合った黒毛和種の芸術品のような霜降り牛肉は穀物多給飼養の上に成り立っており、これを否定するものではないが、昨今の飼料価格の高騰が農家経営を直撃していることもまた事実である。
粗飼料主体での家畜飼養法のひとつに放牧があるが、日本全国で放牧を実施している酪農家の割合が28.7%であるのに対し、放牧実施肉牛農家の割合は13.3%という値が公表されている。北海道においては59.1%の酪農家が放牧を実施、また肉牛農家の割合は39.6%となっているが、農家割合ではなく頭数割合でみると、26.5%の乳牛、そしてわずか6.8%の肉用牛が放牧飼養されている。北海道といえども、とくに肉用牛の場合、放牧は非常にマイナーな飼養体系といえよう。
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター静内研究牧場は、森林(林間放牧地)約330ha、牧草放牧地約80ha、採草地と飼料畑合わせて約50haからなる合計約470haの面積を有している。現在は約100頭のウマ(北海道和種90頭と軽半血種10頭)を、冬季林間放牧を利用した周年屋外飼育、また約150頭のウシ(日本短角種)を2夏放牧方式により飼養し、どちらも粗飼料を主体とした土地利用型の家畜生産に関する教育・研究を行なってきている。
日本短角種の2夏放牧飼養では、約40頭の繁殖雌牛群に6~8月の3カ月間1頭の種雄牛を“まき牛”して自然交配させ、3~5月に生まれてきた子牛は10月まで母牛と一緒に終日放牧している。例年10月末日に離乳した子牛はロールベール乾草を自由採食させつつ、とうもろこしサイレージとフスマを給与してドライロットで一群管理する。翌4月下旬から11月まで2夏目の終日放牧飼養を行ない、その後ドライロットで乾草、とうもろこしサイレージと圧ぺん小麦を給与し、28カ月齢で体重700kgを目標として肥育している。使用する濃厚飼料はフスマと規格外小麦のみ、これはどちらも道内産で、その量は1頭あたり約1.6tとできるだけ少なくおさえ、飼料自給率は80%(乾物重量ベース)となっている。
2夏放牧方式による肉用牛生産は、輸入穀物に頼らない自給飼料依存型、土地利用型の家畜生産方式であり、粗飼料利用性が高いとされる日本短角種の資質を最大限に活かせる飼養方式と考えている。一方で、日本短角種が肉用牛の中では乳量の多い品種であり、また6~7カ月間と一般より長い哺乳期間とも関係するであろう離乳時の発育停滞や、2夏目放牧開始時の体重減少、さらにその後の増体量の比較的大きなばらつきなど、多くの課題や問題点も明らかになってきた。本講演ではその一部を紹介する。
また、静内研究牧場が生産する日本短角種牛肉を、2021年10月から「北大短角牛」のブランド名で一般販売を開始している。大学牧場の役割は教育・研究が主であり、もちろん畜産物の生産や販売が第一ではない。しかし、この販売を通じ、たとえば和牛には黒毛以外もあること、霜降りだけが和牛ではなく品種や飼い方によって様々であること、そもそもウシはヒトが利用できない草を利用してヒトが利用できる乳や肉を生産できる動物であること、など、家畜や畜産食品とその生産について広く一般消費者に知ってもらうことも、我々大学牧場の使命のひとつだと考えている。そのためにはまず、黒毛和種の霜降り牛肉の素晴らしさと、その優れた飼養管理法にも敬意を払いながら、決して対立するのではなく対極にある、草で育てた赤身の牛肉にも市民権を獲得せねばならない。
北大短角牛を通じて、北海道大学や静内研究牧場の取り組みを知ってもらうことで、多くの人が日頃食卓に並ぶ牛肉やそれ以外の肉製品、また肉製品以外の畜産食品にも目を向け、少しでも食について考えてもらうきっかけになってくれれば、とのブランド化である。本講演ではこうした静内研究牧場の最近の取り組みについても紹介しながら、我が国における牛肉生産の将来について考えていきたい。
【略歴】
1998年 3月 北海道大学大学院農学研究科畜産学専攻博士後期課程修了,博士(農学)
1998年 4月 帯広畜産大学畜産学部助手
2008年11月 帯広畜産大学畜産生命科学研究部門准教授
2015年 4月 北海道大学北方生物圏フィールド科学センター准教授,静内研究牧場長
~現在に至る
粗飼料主体での家畜飼養法のひとつに放牧があるが、日本全国で放牧を実施している酪農家の割合が28.7%であるのに対し、放牧実施肉牛農家の割合は13.3%という値が公表されている。北海道においては59.1%の酪農家が放牧を実施、また肉牛農家の割合は39.6%となっているが、農家割合ではなく頭数割合でみると、26.5%の乳牛、そしてわずか6.8%の肉用牛が放牧飼養されている。北海道といえども、とくに肉用牛の場合、放牧は非常にマイナーな飼養体系といえよう。
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター静内研究牧場は、森林(林間放牧地)約330ha、牧草放牧地約80ha、採草地と飼料畑合わせて約50haからなる合計約470haの面積を有している。現在は約100頭のウマ(北海道和種90頭と軽半血種10頭)を、冬季林間放牧を利用した周年屋外飼育、また約150頭のウシ(日本短角種)を2夏放牧方式により飼養し、どちらも粗飼料を主体とした土地利用型の家畜生産に関する教育・研究を行なってきている。
日本短角種の2夏放牧飼養では、約40頭の繁殖雌牛群に6~8月の3カ月間1頭の種雄牛を“まき牛”して自然交配させ、3~5月に生まれてきた子牛は10月まで母牛と一緒に終日放牧している。例年10月末日に離乳した子牛はロールベール乾草を自由採食させつつ、とうもろこしサイレージとフスマを給与してドライロットで一群管理する。翌4月下旬から11月まで2夏目の終日放牧飼養を行ない、その後ドライロットで乾草、とうもろこしサイレージと圧ぺん小麦を給与し、28カ月齢で体重700kgを目標として肥育している。使用する濃厚飼料はフスマと規格外小麦のみ、これはどちらも道内産で、その量は1頭あたり約1.6tとできるだけ少なくおさえ、飼料自給率は80%(乾物重量ベース)となっている。
2夏放牧方式による肉用牛生産は、輸入穀物に頼らない自給飼料依存型、土地利用型の家畜生産方式であり、粗飼料利用性が高いとされる日本短角種の資質を最大限に活かせる飼養方式と考えている。一方で、日本短角種が肉用牛の中では乳量の多い品種であり、また6~7カ月間と一般より長い哺乳期間とも関係するであろう離乳時の発育停滞や、2夏目放牧開始時の体重減少、さらにその後の増体量の比較的大きなばらつきなど、多くの課題や問題点も明らかになってきた。本講演ではその一部を紹介する。
また、静内研究牧場が生産する日本短角種牛肉を、2021年10月から「北大短角牛」のブランド名で一般販売を開始している。大学牧場の役割は教育・研究が主であり、もちろん畜産物の生産や販売が第一ではない。しかし、この販売を通じ、たとえば和牛には黒毛以外もあること、霜降りだけが和牛ではなく品種や飼い方によって様々であること、そもそもウシはヒトが利用できない草を利用してヒトが利用できる乳や肉を生産できる動物であること、など、家畜や畜産食品とその生産について広く一般消費者に知ってもらうことも、我々大学牧場の使命のひとつだと考えている。そのためにはまず、黒毛和種の霜降り牛肉の素晴らしさと、その優れた飼養管理法にも敬意を払いながら、決して対立するのではなく対極にある、草で育てた赤身の牛肉にも市民権を獲得せねばならない。
北大短角牛を通じて、北海道大学や静内研究牧場の取り組みを知ってもらうことで、多くの人が日頃食卓に並ぶ牛肉やそれ以外の肉製品、また肉製品以外の畜産食品にも目を向け、少しでも食について考えてもらうきっかけになってくれれば、とのブランド化である。本講演ではこうした静内研究牧場の最近の取り組みについても紹介しながら、我が国における牛肉生産の将来について考えていきたい。
【略歴】
1998年 3月 北海道大学大学院農学研究科畜産学専攻博士後期課程修了,博士(農学)
1998年 4月 帯広畜産大学畜産学部助手
2008年11月 帯広畜産大学畜産生命科学研究部門准教授
2015年 4月 北海道大学北方生物圏フィールド科学センター准教授,静内研究牧場長
~現在に至る