The 131st Annual Meeting of Japanese Society of Animal Science

Presentation information

シンポジウム

日本畜産学会第131回大会 公開シンポジウム「豊かな食と畜産の未来に向けて」

Thu. Sep 21, 2023 1:00 PM - 5:00 PM Venue 1 (Auditorium)

2:05 PM - 2:35 PM

[CPS-04] 家畜飼養の本来的意義とミルクの可能性

*Masahiro Hirata1 (1. Department of Human Science, Obihiro University of Agriculture and Veterinary Medicine)

【放牧・家畜仕様の意義】家畜化と乳利用が起源した西アジアの牧畜民の生業のあり方は、「家畜を飼うという本来的な意義は、人間が利用できない・地域の飼料資源を家畜体を通じて食料にする」ということを教えてくれる。これは、日本の畜産が今後進むべき方向性を指し示してもいる。
【乳利用・牧畜の起源と意義】乳利用に関しては、約1万年前、西アジアで始まった。乳はカルシウム含量(114 mg/100ml)が高く、良質のタンパク質(アミノ酸スコア100)で構成され、多種類のビタミン・ミネラルを含み、栄養価の高い食品である。人類が家畜から搾乳・乳利用を発明したからこそ、家畜の屠殺による肉利用から家畜との共存による乳利用への食料生産体系の移行、食料生産効率の飛躍、牧畜という生業の成立、乾燥地帯や高山地帯など人類の居住域の拡大、食料摂取の選択肢増大、集約的畜産へと発展することができた。特に乳利用の利点は、肉よりも生産効率が高く、家畜個体から継続的に食料(乳)を生産できることにある。
【地域に根ざした(放牧)酪農の可能性】近年の中国需要、ウクライナ問題、円安により、飼料代が高騰し、酪農家の乳飼比が70%にも達するようになり、酪農家は経営危機に直面している。草地に依存した放牧酪農では、自給飼料率が80% にも達し、負債が減少していく事例が報告されている。放牧酪農の要点は、「Low Input & Low Outcome」である。家畜飼養規模や生乳生産が多くなくとも、かかる費用を最小限に留めることにより、手元に残る所得を確保するという経営戦略である。放牧酪農の富の源泉は、草地に依存した地域の飼料資源をできるだけ利用することにある。放牧酪農の利点は、飼料自給率の改善だけに留まらず、土地・草・糞尿還元の資源循環、労働時間の軽減(ゆとり創出)、チーズなどの付加価値活動、生活の質の向上、地域交流などに及ぶ。草地に依存した放牧酪農が現代畜産に語りかけていることは、草地・副産物利用など地域資源に根ざした家畜飼養の重要さ、酪農が地域社会の中心的な役割を果たすことである。
【SDGsの視点からの(放牧)酪農の課題】ヨーロッパアルプスでの山地酪農は、まさに草地に依存した酪農が地域経済の中心となっている。美しく整備された牧場、自家製のチーズなどを訪問者に提供する経済活動、花々で飾られた地域の環境整備、観光地・市場・宿泊業など他産業との連携など、地域一帯となった取り組みにより、観光客を地方に呼び込み、酪農を中心に地域を活性化させている。これは、日本においても酪農こそ地域社会を活性化できる役割になれることを示している。日本の酪農においての課題は、(放牧)酪農の価値と魅力を地域社会、そして、外部社会に共有・発信し、「共通価値の創造」を如何に形成するかにある。
【乳利用と今後の世界食料供給】家畜から排出される地球温暖化ガスが多いとして、家畜飼養および乳生産活動が批判されている。しかし、日本人1人が平均的な生活で排出すカーボンフットプリント年排出量は、家畜由来は0.40 tco2e/人/年(年排出量全体の6.6%)であり、世界平均の14.5%よりは相当に低い。現状の食料摂取における日本の温室効果ガス排出量は、その限界値であるプラネタリー・ヘルス・ダイエットより少ない。世界人口は、すでに70億人に達し、今世紀末までには110億人を超えようとしている。ミルクという食料生産は、肉生産よりも3.7倍も効率が高い。今後とも、「人間が利用できない・地域の飼料資源」に主に依存し、乳の生産・消費に大きくシフトしていけば、巨大に膨れ上がる世界人口を養い、良質の食料を提供していくことができる。家畜を飼うということ、その生産体系のあり方を、西アジアの牧畜民の人たちは私たちに指し示してくれている。

【略歴】
学歴・職歴
1999年:京都大学博士(農学)学位取得
2000年:京都大学東南アジア研究センター研究員(日本学術振興会PD)
2004年:帯広畜産大学助教授
2018年:帯広畜産大学教授
研究紹介
 乾燥地で、人びとは如何に生き抜いているのかについて興味を持ち続け、これまでに乾燥地の牧畜を一貫して研究してきた。牧畜という生業の本質にある乳文化に着目し続け、西アジアのアラブ系牧畜民を初め、トルコ系牧畜民、モンゴル系牧畜民、チベット系牧畜民などを追い求め、ユーラシア大陸で約30年にわたって調査研究している。近年では、日本の乳文化や放牧酪農についても研究を展開している。
研究業績
平田昌弘、2022.『西アジア・シリアの食文化論』農文協.
Masahiro Hirata, 2020. Milk Culture in Eurasia, Springer.
平田昌弘、2014.『人とミルクの1万年』岩波書店.
平田昌弘、2013.『ユーラシア乳文化論』岩波書店.
他多数