[S1-5] A群レンサ球菌の増殖に必要な鉄獲得機構に対する阻害剤の探索
細菌は自身の増殖や生存のために,微量元素である金属イオンを環境中から細胞内に取り込む必要がある。一部の病原性細菌は,感染した宿主中のヘムタンパク質を主な鉄イオン源として利用するため,ヘムタンパク質中に含まれるヘムを抜き取り,抜き取ったヘムを菌体内に輸送するための分子機構を独自に進化させている。A群レンサ球菌の場合,ヘムタンパク質受容体であるShrがヘモグロビン(Hb)と結合することで,Hbからヘムを抜き取り,これを下流のトランスポーター分子へと引き渡す。本研究では,Shr-Hb間の結合を阻害する低分子化合物をスクリーニングすることで,極めて高い菌種特異性を示す化合物H1を同定した。H1は試験したA群レンサ球菌以外の細菌種の増殖を抑制せず,抑制されない細菌種のリストには,本菌のShrと最も近縁なホモログを持つことが推定されるStreptococcus dysgalactiae subsp. equisimilisも含まれた。先行研究から,ShrのHbへの結合にはShrのN末端より197残基目のチロシンが重要であることが報告されていたが,このチロシンをアラニンに置換した変異菌株の増殖をH1が抑制出来なったことから,本チロシン残基がShr-Hb間の結合だけでなく,Shr-H1間の結合にも重要であり,H1がShr-Hb間の結合を競合的に阻害していることが示唆された。またH1は,A群レンサ球菌の感染によってマウス背部に形成される壊死性病変内の菌の増殖を抑制することで,病変の進展を抑制した。以上より,H1はA群レンサ球菌の鉄イオン(ヘム)の取り込みを阻害することにより,その増殖を特異的に抑制する新規抗菌剤であると考えられる。