[S2-6] 腸管で生きるためのボツリヌス菌の戦略~乳児ボツリヌス症の研究から~
ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は,ボツリヌス神経毒素を産生することで,ヒトを含む様々な動物に神経麻痺を引き起こし致死をもたらす。本菌は,ヒトの場合,主に食餌性ボツリヌス症と腸管ボツリヌス症の二つの病型を引き起こす。腸管ボツリヌス症は本菌芽胞の腸管での発芽・増殖,つまり腸管感染が基本となり引き起こされる病態である。腸管ボツリヌス症は乳児期に起こることがほとんどであり,乳児期の本症は乳児ボツリヌス症と呼ばれる。腸管ボツリヌス症の発症の抑制には腸内細菌が重要な役割を果たしていることが報告されているが,その機構は不明である。我々は本菌の腸管感染から病態発現に至る過程を明らかにするためにマウス感染実験系を確立した。本菌芽胞をSPFマウスに経口摂取しても感染は成立しないが,抗生剤で腸内細菌叢を撹乱したマウスや無菌マウスでは容易に感染が成立する。本菌の腸管内での増殖,毒素産生および感染抑制に関わる宿主因子について解析した結果を紹介したい。また上記実験系などを用いて細菌側の腸管定着戦略についても解析を行っている。C. botulinum (group I)と最も近縁な菌種は,腸内常在菌である C. sporogenes である。両者は医学的には毒性の有無で区別されるが,ゲノムおよび生化学的性状には類似性が高いことが知られている。従って C. botulinum (group I)は,C. sporogenes (あるいはその祖先)が本毒素を獲得しその生存戦略を変化させた菌であると捉えることができる。本菌と C. sporogenes の腸管での生存戦略の比較解析についても紹介したい。