15:45 〜 17:05
[1CH-SY1] シンポジウム1
データを活用した地域住民の健康、医療の向上に向けて
1. 幼少期からはじまる健診情報由来のデジタルコホート基盤の構築と予防医学研究に向けて
(一社)健康·医療·教育情報評価推進機構およびリアルワールドデータ株式会社SHR事業部では、2015年から学校健診(小中学校)、2020年からは乳幼児健診の結果をデジタル化し、保護者やご本人に無償で還元するという取組を開始している。また、匿名化された集計情報を用いて、市町における健康福祉の政策立案の基礎資料としたり、構築した全国レベルのデータベースを活用して、幼少期からはじまるデジタルコホートとして将来の予防医療のための疫学研究にも活用されることを目指している。現在、学校健診に関しては全国約150の自治体と調印して活動を拡大している。上述の取組によって-1歳から14歳までの15年間の縦断的な健診データが蓄積して疫学研究に大規模に活用されるのはまだ少し先のことだが、既に、母子保健の情報だけを使用した疫学研究や、試行的に数自治体で乳幼児健診と学校健診を連接して実施した研究もいくつか実績が出始めている。今回は、取組の実際と、いくつかの研究事例をあわせてご紹介する。
2. 地域診断データを活用したコミュニティの組織化支援による健康格差是正効果に関する準実験研究
世界保健機関は、健康格差を生み出す健康の社会的決定要因への対応として、1)生活環境の改善、2)不公正な資源分配の是正に向けた組織連携、3)データを活用した健康格差の評価と取り組みのアセスメントを推奨している。高齢者保健では、地域包括ケアシステム構築の概念がこの3条件をカバーしている。ただしデータに基づく地域包括ケアシステムの構築は時に難しい。
演者らが参画する日本老年学的評価研究(JAGES)は、高齢者20万人を3年ごとに追跡しており、調査データの集計結果を参加する自治体へ「地域診断書」として返却している。2013年調査に参加した32自治体のうち半数に、地域診断書のデータを活用した「コミュニティの組織化」すなわち行政内外の各部署や組織との連携を強めたり住民組織との共同を進める取り組みに対してコーチング形式の支援を行い、地域診断データだけを提供した残り半数の自治体と比較した。その結果、データだけを提供した自治体(対照群)に対して、データ利用によるコミュニティ組織化支援を行った自治体では、自治体の特性や介入当時の個人の社会活動状況によらず、高齢男性の地域活動への参加が増え、死亡率は低くなった。これらの関係はどの所得レベルでも同等にみられた。データを用いたコミュニティの組織化支援は、通常、地域活動への参加が少ないことが知られている低所得者や男性高齢者の社会的な健康状態を改善させることが示唆された。介入群では、客観的なデータに基づく地域状況を把握することで、戦略的にターゲットすべき集団(男性など)やエリアの特定、ターゲットの興味関心にあった介入等が進み、効果的な取り組みとなった可能性がある。
3. 地域の救急医療体制の可視化と透明性の高い病院再編の議論に向けて
Covid-19の感染拡大の「波」のたびに、地域の救急医療の機動力不足や、医療機関・自治体・保健所間のネットワーク不足が問題視されてきた。地域の医療提供体制が、重症患者の救命救急や、住民の健康不安に影響を及ぼすことが、Covid-19への対応を通じて残念ながら明らかになった形だ。
これらの地域医療の問題の原因として、機能の重複した中小規模の救急告示病院が薄く広く分布し、個々の医療施設の体制が弱いことが指摘されてきたが、問題を充分に検証するための情報は不足している。疾患ごとの患者レジストリでは、患者個票の医療施設が特定される形での利用は難しい。また、公的な地域別・医療施設別の情報は集計情報で、件数が少数(10件未満)の疾患症例はマスキングされ、量的に比較できない上、入院時の重症度など質的な情報も比較できない。そのため、結果として示される治療の「地域差」が「医療施設の体制の差」であるかどうか判断できない。
そこで報告者は、行政記録情報である、消防本部別の救急搬送情報(石川県加賀市)や、県別のドクターヘリ搬送情報(新潟県)、県内DPC情報個票(山形県)を用いて、医療施設の再編に資する情報の可視化に取り組んできた。例えば、救急搬送情報を用いて、搬送距離に由来する搬送時間と、受入先の調整に由来する搬送時間を推計し、医療施設の規模や機能の重複が後者に与える影響を量的に示した。また、DPC情報個票を用いて、救急輪番体制をとる同一地域内の医療施設を比較し、個人属性を調整後、医療施設別での緊急入院後の予後(退院時転帰)の差を比較した。
地域医療の質と住民の健康の向上のためには、このような地域の医療体制に関する、透明性・客観性の高い検討を行うことも必要だ。また、継続的な調査により効果検証を行うことが望ましい。個人情報や施設の風評被害を考慮した、公益性の高いデータベースの利活用の在り方について、シンポジウムでの議論を深めたい。
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