第46回日本集中治療医学会学術集会

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教育講演

[EL13] 教育講演13

Sat. Mar 2, 2019 11:00 AM - 11:40 AM 第3会場 (国立京都国際会館1F アネックスホール1)

座長:藤島 清太郎(慶應義塾大学医学部 総合診療教育センター)

[EL13] 人工呼吸患者における至適SpO2は低めか?高めか?

江木 盛時 (神戸大学医学部附属病院 麻酔科)

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1999年 岡山大学医学部附属病院 麻酔科蘇生科
2000年 岡山労災病院 麻酔科
2002年 香川県立中央病院 麻酔科
2004年 Austin Medical Center
2005年 岡山大学医学部・歯学部附属病院 集中治療部
2012年 国立がん研究センター中央病院 麻酔・集中治療科
2013年 岡山大学病院 集中治療部
2014年 神戸大学附属病院 麻酔科
生体にとって,組織や細胞への酸素の供給は極めて重要であり,低酸素血症は臓器障害を惹起し,重篤であれば死に至る。低すぎるSaO2およびPaO2は臓器障害の発生や予後悪化に影響し,またFIO2 0.4あるいは0.6以下での人工呼吸は有害でないと近年まで考えられてきたため,施設や医師によっては,PaO2を若干高めに保つことでSafety marginを確保することを考慮しているかもしれない。本邦で行われた多施設前向き観察研究であるABOVE studyでは、人工呼吸を48時間以上要する集中治療患者では、ICU滞在期間の47.2%をPaO2100mmHg以上で過ごし、18.4%をPaO2130mmHg以上で過ごしていることが明らかとなった(J Crit Care. 2018 Aug;46:1-5)。また、PaO2100 mmHg以上の際に10.9%の患者においてFIO2は0.6以上であり、53.9%の患者においてFIO2 は0.4-0.59であった。高濃度酸素投与は肺障害の惹起や吸収性無気肺と関連する可能性が過去から示唆されている。また,高酸素血症は心拍出量や臓器還流量を低下させる可能性が報告されている。心筋梗塞患者に対する酸素投与に関する無作為化比較試験であるAVOID studyでは、酸素投与により心筋梗塞範囲や再梗塞の発生率が有意に増加した(Circulation. 2015 Jun 16;131(24):2143-50)。また、高酸素血症は、COPD患者、脳梗塞患者および心停止後患者の予後悪化との関連が報告されている。これらの知見とは逆に、近年のメタ解析では、術後患者において高めのSpO2の目標値を用いることが低めのSpO2の目標値を用いるよりも感染症発症頻度が有意に低くなることが報告され(Lancet 2018; 391: 1693-705)、WHOから創部感染を減少させるために術中のFIO2を0.8にすることと、可能であれば術後2-6時間もこのFIO2を継続することが推奨されている(Lancet Infect Dis 2016;16: e288-303)。急性期患者に対する至適PaO2やSaO2に関する問題は,過去10年かけて多くの観察研究が報告され,近年複数の介入試験が報告されるようになった未だ“芽生え”の領域である.生体では,少なすぎも多すぎも不利益となる“U字現象”が血圧,血糖,脈拍,電解質濃度などさまざまな領域において繰り返し報告されている.酸素療法に関しても,同様である可能性がある.今後,報告される大規模介入試験により,詳細な情報が得られ,至適PaO2やSaO2が明らかになっていくことが期待される.いまだ,介入試験の少ない現在においては,我々は,高酸素血症に伴う酸素含有量の増加は臨床的に大きくないことや,その含有量の増加が心拍出量や組織環流量の低下によって相殺される可能性を知っておくなど,酸素が生体に与える生理を理解しながら人工呼吸患者のFIO2を設定する必要があると考える. 本講演では,人工呼吸中の酸素濃度の選択の実情,酸素投与が生体に与える影響および酸素投与プロトコールが患者予後に与える影響を概説し,人工呼吸患者のFIO2を再考するきっかけとしたい.