[IL(J)4] 低酸素環境への順応・適応ー恐竜の呼吸からECMOまで
1980年東海大学医学部卒業(第一期生)
1984年東海大学大学院医学研究科修了(医博)
1986年東海大学医学部呼吸器内科学助手
1988年ドイツマックスプランク研究所(ゲッチンゲン)フェロー、1990年カンサス大学メディカルセンター(生理学)研究員
1993年東海大学医学部呼吸器内科学講師
1997年同 呼吸器内科学助教授
2005年同 内科学系呼吸器内科学教授
2002年- 2011年東海大学医学部付属東京病院副院長および病院長、現在は教育研修部長
日本呼吸器学会理事、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会理事長
東海大学K2登山隊は8,611mの山頂への登頂に成功した(2006年)。登山隊はヒマラヤを初めとする高所への登山を何度か行っており、我々は呼吸器内科として、事前に呼吸循環機能を低圧低酸素室で検討してきた。潜水艦のような高圧酸素治療用チャンバーのプログラムを変更することで、院内でも標高6,000m相当の環境を再現することが可能である。隊員に動脈ラインを挿入し減圧過程で血液ガス分析を行ったところ、隊員の低酸素換気応答には目を見張るものがあった。隊員の血液ガスデータの一部を紹介する。また、登山隊が空を見上げると、ヒマラヤ上空の高度10,000mを飛行するヒトよりも優れたガス交換機能を有する鳥がいるのである。何種類かの鳥は、ジェット旅客機と同じ10,000mの上空を飛ぶことができる。この高度でのバードストライク(鳥がエンジンに吸い込まれる事故)も報告されている。特に、アネハヅルやインドガンが有名で、約8時間でヒマラヤを越えるとの記録がある。ヒトは横隔膜で換気し、酸素は3~5億個と言われる肺胞に到達する。ところが鳥には横隔膜がなく、さらに肺胞構造もない。固く小さな伸縮性のない肺が背部に少しあるのみで、体内は浮き袋のような気嚢(air-sac)で占められている。気嚢の一部は骨の中にも入り込んでいる。トリは全身を鞴(ふいご)のように動かすことで、たえず換気を行っている。その結果トリの肺には常に一方行に空気が流れるが、この空気に対し毛細血管の血液がこれと交差するように流れている。この構造を、呼吸生理学的にはcross current systemと呼ぶ。空気中の酸素を最大限血液に取り込む素晴らしい機序である。代表的な組織学的構造を、模式図と電顕像などを用いてご説明する。この鳥のガス交換機序であるcross current systemは現代の医学にも応用されており、実は皆さんの周囲にもあるのである。それが人工肺ECMOである。鳥の祖先が恐竜であることが明確になったのは比較的最近の2005年であり、恐竜の呼吸を化石から解析したO’ConnorとClaessensのNatureの論文に基づく。現存する鳥の呼吸システムを恐竜が有していたことが、マジュンガトルス(Majungatholus atopus)という恐竜の骨の形態から判明した。2億5000万年前は、大気中の酸素濃度が15%程度しかない低酸素環境であったことが分かっているが、遥か昔のこの時代にも生き残ることができた恐竜の呼吸について紹介したい。このように進化の過程で培われた優れたガス交換機序は、上述のように現代の病院の手術室や集中治療室にも活かされている。比較生理学において重要と思われるエビデンスを基に、呼吸の神秘、トリビアについてお話をさせて頂く。お気軽に聞いて頂ければ幸いである。