[O142-5] 「脳死とされうる状態」と診断されてから長期生存した心停止蘇生後の一例
【背景】改正臓器移植法やそれに関連する指針により脳死の定義やその診断方法は法的には確立しているが,脳死について医学的および倫理的問題は解決していない.【目的】我々は「脳死とされうる状態」と診断したが法的脳死判定に至らず,長期に生存した症例を経験したので報告し,脳死に関する医学的,社会的問題について議論することを目的とする.【臨床経過】20歳女性,自宅において意識がない状態で発見され救急要請された.周りにエンジンの不凍液が置かれており,少なくとも約1L程度減っていた.救急車内収容後に心停止を確認し,CPRが開始され当院救命救急センターに搬入された.当院搬入時はPEAが持続,pH 6.504,HCO3- 4.6 mmol/L, lactate 30mmol/L, 後日判明したエチレングリコール濃度は442 mg/dLであった.搬入から7分後に自己心拍が再開した.体温管理療法を行い,24時間後に復温を開始したが,意識の回復は得られなかった.第12病日に瞳孔散大,脳幹反射の消失,自発呼吸の消失を確認した.第15病日には平坦脳波であることを確認し,「脳死とされうる状態」と診断した.脳死移植のオプション提示を行なったが母親の同意が得られず,第20病日に以後の治療方針をwithholdとすることを決定した.第34病日に心停止した.【考察】当院での「脳死とされうる状態」という診断は法的脳死判定基準に準ずる制度で行われた.脳死判定を行えば,脳死と診断される状態であったと考えられるが、患者は治療方針をwithholdとした後も生存し続けた.脳死と診断されてからも長期間生存する状態は、特に小児の症例で報告が散見され、長期脳死と表現される. このような報告がある中では、「脳死と診断されれば、短期間に心停止に至る」という従来の科学的根拠は見直しが必要な段階にあると考えられる. しかし、どのような症例で長期生存が可能であるか、検討はされていない.さらに,家族に対して「数日間で死亡することが予想される」という説明を行うにも関わらず,長期に生存することは患者家族との信頼関係を損なう可能性がある.医療者側が脳死の医学的な定義の見直し,全能機能不全は絶対的に予後が不良であるという理解と終末期医療の展開についての議論の必要性を認識した.【結論】脳死とされうる状態と診断したが,長期に生命を維持した症例を経験した. 今後の終末期医療の展開と脳死下臓器移植の問題について,議論を継続していく必要がある.